都市づくりについての名古屋学院大学の研究成果、書籍に

名古屋学院大学が2018年度私立大学研究ブランディング事業として取り組んだ「ストック・シェアリング」研究の成果が、このたび「ストック・シェアリング:蓄積された地域価値の再編による新しいコミュニティづくり」(井澤知旦・名古屋学院大学社会連携センター編集委員会)として出版された。また私も第9章を執筆する機会をいただいた。「ストック・シェアリング」は地域が抱える様々な課題に対する新たなアプローチと言える。


現代社会の価値の再発見「ストック・シェアリング」


名古屋学院大学の研究プロジェクトの成果の書籍。17人の著者たちが執筆。(Amazon

ストック・シェアリングとは、同研究で井澤知旦さん(いざわ ともかず/名古屋学院大学名誉教授)によって、提唱された概念だ。地域に蓄積された資源(ストック)を効果的に共有・活用(シェアリング)することで、新たな価値を創出し、持続可能なコミュニティを形成する概念だ。この考え方は、私たちの社会の在り方を大きく変える可能性がある。

従来の考え方では、物事の価値は時間とともに減っていくものとされてきた。例えば、新車を買った瞬間から価値が下がり始める。つまり「減価償却型」社会である。

しかし、ストック・シェアリングの考え方では、むしろ時間とともに価値が増えていく可能性に注目する。例えば、古い建物をリノベーションして新しい用途に使うことで、その建物の価値が高まることがある。また、地域の歴史や文化が時間とともに深まり、それが観光資源として価値を持つこともある。さらに、人々の経験や知識が積み重なることで、地域全体の問題解決能力が高まっていく。このように、既存のものを大切にし、それを共有・活用することで、新しい価値を生み出していく。それが「増価蓄積型」社会の考え方であり、ストック・シェアリングが目指す方向性なのだ。

2024年9月14日に同大学で行われた出版記念イベント(写真:名古屋学院大学)

目次:
第1章 ストック・シェアリングとは何か
第2章 自助・共助を推進するストック・シェアリングなまちづくり
第3章 コミュニティに寄り添う新しい商店街
第4章 文化的コモンズと観光まちづくり
第5章 熱田のストック・シェアリングはどのように進化したか
第6章 空き家の外部不経済の実証分析と空き家等対策
第7章 地域のチカラを引き出す3つのアプローチ
第8章 地域ストック資源の評価と価値再編集
第9章 ストック・シェアリング装置としてのドイツ都市
第10章 今後の展望


ドイツ都市を読み替える


私は本書の第9章「ストック・シェアリング装置としてのドイツ都市」を執筆。12万人都市エアランゲン市を中心に考察を行った。ドイツの公共空間および、そこに設置されたオープンライブラリー、アーカイブ、ボランティアの事例を通じて、ストック・シェアリングの概念が実際にどのように機能しているかを分析した。

この研究を通じて、ストック・シェアリングの視点が都市の質向上に非常に有効であることが明らかになった。都市に蓄積された資源を市民が共有し活用することで、都市の魅力が高まり、生活の質が向上する。エアランゲン市の事例は、この考え方の有効性を具体的に示している。

さらに、この研究は非欧州型都市との比較研究の可能性がある。ストック・シェアリングという概念を用いることで、文化や社会システムの異なる都市間でも、共通の視点から分析や比較が可能になるだろう。例えば、日本の都市とドイツの都市を比較することで、それぞれの特徴や課題が浮き彫りになる可能性がある。

また、この研究は今後の都市研究や都市計画に新たな視点を提供している。従来の経済的な指標や人口統計だけでなく、都市の資源がどのように共有され活用されているかという観点から都市を評価し、計画を立てることができる。これは、より持続可能で魅力的な都市づくりにつながるのではないか。

出版を記念イベントでは著者による講演や学生による実践活動の報告、熱田区内の有識者によるパネルディスカッションが行われた。私も録画したビデオで登壇。動画は下へスクロールするとあります(2024年9月14日 写真:井澤知旦)

日本のダイナミズムを起こすための概念


関連記事:井澤知旦さんとの対談「公共空間の使い方で都市の質が決まる」(全4回)

もとより社会には「安定性」と「ダイナミズム」の両方が必要だ。日本は治安の良さや、利便性の高い生活環境など、一定の安定性は残っている。一方、長期的に見ると、人口減少や経済の停滞に直面する中、ダイナミズムを生み出していく必要がある。

ここでいう「ストック」とは「既存のもの」であることが多い。これの良さは「昔からあるものなので、安心感、信頼性がある」という点だ。しかし、これを死蔵させるのは良くない。新たな価値を創造するべきである。ダイナミズムを起こす方向性を指しているのがストック・シェアリングといえよう。地域コミュニティの再構築、持続可能な都市開発、そして地域経済の活性化に向けた可能性に繋がると思う。(了)

出版記念イベントでミニ公演として流された動画。
中日新聞 2024年10月4日付

高松平藏 著書紹介(詳しくはこちら
歴史と文化は「都市の質」を作る


執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリスト。エアランゲン市(人口約12万人 バイエルン州)を拠点に、地方の都市発展を中心テーマに取材、リサーチを行っている。執筆活動に加えて講演活動も多い。 著書に「ドイツの地方都市はなぜ元気なのか」「ドイツの都市はなぜクリエイティブなのか」など。当サイトの運営者。プロフィール詳細はこちら