カナダを中心に、北米のいくつかの都市を訪ねた。いずれも興味深かったが、どうしても北アメリカで住まねばならないとなればバンクーバーが良いと思った。その理由を考えてみる。
2023年6月22日 高松 平藏(ドイツ在住ジャーナリスト)
理由は都市計画と多様性
理由は主に2つ。まずは都市の作り方だ。大都市ながらも落ち着いた雰囲気がある。高いビルが立ち並ぶ一方で、低い建物と混在。自転車道も整備され、歩行者スペースが広いところが多く、緑も多い。ちなみに2010年に新しい建物には緑の要素を入れることが義務付けられている。
都市計画の市民参加もよく行われている印象を持った。専門家の間では、米国のポートランドなどと比べると、やや官僚的という意見も見られるが、あちらこちらにエリア開発のための説明と参加方法を記した看板が設置されているのだ。
もう一つが「ヒト」の多様性だ。歴史的にヨーロッパからの「入植」や、難民・移民を受け入れるカナダ自体、多様性が高いのだが、バンクーバーはその傾向がさらに高い。統計によると欧州系(いわゆる白人)が50%を切っている。
都市を歩くと、様々なところから時代精神を示す言葉や、都市の意思を読み取れるのだが、とりわけバンクーバーは「レインボー」の大きな声がきこえる。銀行,コンビニなどさまざまなところがレインボー支持、促進,確保のシグナルを示している。
こういったことが「住んでも良いかもしれない」と思わせた理由だ。続けて、ドイツの都市と比べつつ、バンクーバーがなぜ成功した北米型都市と言えるかを検討する。
ヨーロッパの方が味わいがある
欧州の、特にドイツの都市を私は取材・調査・参与観察してきた。
中世に作られた石造の建物を後生大事にするようなところは少々重苦しく、うざったく感じることもある。しかし結果的に、歴史的な街並みが残る。これが重厚さや歴史と都市のアイデンティティを作り、味わいが生まれる。しかも300年前の建物の中にアップルストアが入るような、現代の価値に合わせた使い方がなされている。
そしてこういうエリアは、たいていが都市の発祥地で、商業・飲食・人々が知り合うきっかけになる場所であり、デモや集会によって公共の言論空間になる。これが古びた「ミュージアム都市」になるどころか、「自治体のへそ」のような重心になっている。複合的で高い集積が実現している空間なのだ。
これに対して、北米はクルマ移動、市場原理、人口密度の低さという条件から、碁盤の目のような都市が作られる。このスタイルはドイツから見ると、多様な要素の集積と味わいがある中心地が見出しにくく、「都市の重心」が軽いと映る。
北米型都市の成功
バンクーバーも基本的に北米スタイルの都市だが、最近の都市議論に言われるウォーカビリティ、複合用途、豊富な緑といった条件が高いレベルで達成されている。
その理由は持続可能性の推進を明確にしていることにある。だが、この方針にたどり着く前に、住宅、商業、レクリエーションスペースなど、それぞれの地域内で多様な土地利用の混在を主張したジェイン・ジェイコブスの影響がある。実際かつてのバンクーバーの都市計画担当はジェイコブスから刺激を強く受けていた。「ジェイコブス通り」があることからもその一端がうかがえる。
それから、この都市の取り組みスタイルは「バンクーバー主義」と呼ばれている。「自称」ではなくバンクーバーの「外の人」が名付けたものだが、一般に名前ができると、定義を問いながら、その意味を深めて発展させようという方向性に向くことがある。こういう作用が出てきているのではないかと思われる。
蛇足ながら、中心市街地が「自治体のへそ」になっているドイツの都市を見ていると、個人的にはジェイコブスの主張(例えば四代原則※)に新規性はそれほど感じず、なぜ、あれほど「大声」で叫び続けるのかがピンとこなかった。だが北米を訪ねてそのコンテクストが理解できた。(了)
※ジェイコブスの四大原則
- 街路は狭く、折れ曲がっていて、各ブロックが短いこと
- 各地区には古い建物ができるだけ多く残っていることが望ましい
- 各地区は必ず2つ、またはれ以上の機能があること。自然発生的な多様性が必要
- 十分な人口密度が各地区にあるべき。これは実際に住んでみて魅力的な街であることを表している
高松平藏 著書紹介(詳しくはこちら)
ドイツの地方都市は結晶性の高さが魅力だ
執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリストで当サイトの主宰者。 著書に「ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか」など。
2020年には「ドイツのスポーツ都市 健康に暮らせるまちのつくり方」 (学芸出版 3月)、「ドイツの学校には なぜ『部活』がないのか 非体育会系スポーツが生み出す文化、コミュニティ、そして豊かな時間」(晃洋書房 11月)を出版。一時帰国では講演・講義、またドイツでも研修プログラム「インターローカルスクール」を主宰している。プロフィール詳細はこちら。また講演や原稿依頼等はこちらを御覧ください。