「プーチンの戦争」が始まり、ほどなくしてドイツにも難民が大勢やってきた。具体的に難民を引き受けるのは自治体だが、支援についてどのように考えているのだろうか。エアランゲン市(バイエルン州、人口11万人)の担当者、ディーター・ロスナー氏に話を聞いた。同氏は青少年・家族・社会問題分野の責任者で「社会問題大臣」のようなポジションに相当する。
※2022年5月初旬の状況を反映しています
2022年6月9日 高松平藏(ドイツ在住ジャーナリスト)
既存の組織・ヒト・施設を組み合わせて「支援資源化」する力
高松:ヨーロッパの歴史を見ると、戦争と難民発生はワンセットです。そのせいもあって、私のような外国人から見ると、ドイツ社会には一種の「難民慣れ」がある。さらに、今回は非営利法人など市内の既存の組織や人々が支援のためにスムーズに動き、全体的には成功しています。2015年の難民危機の体験が生きているのでしょうか?
ロスナー:確かに難民危機の経験は現在の課題に対応につながっています。消防隊、赤十字、技術救援組織、福祉団体などの災害対策組織とのネットワークが確立されています。
高松:役所内ではどうですか?
ロスナー:「難民と統合諮問機関」によって、2015年以降さらに拡大されたチームがあり、市役所で重要な初期情報とパイロットサービスを提供しています。ホットライン、ホームページやその他のオンライン連絡オプションの開発も以前の経験に基づいている。全体として、社会福祉行政は最初から迅速に対応し、多くのボランティアとともに宿泊施設の準備のほか、アドバイスやケアなど良好な支援を提供できました。
多文化共生、社会保障など中長期の問題ある
高松:中長期の問題はありますか?
ロスナー:現在、難民の約3分の2が民間アパートに収容されています。これが住宅市場を圧迫するでしょう。
高松:なるほど。エアランゲン市は成長傾向が続いているため、市内の住宅不足はもともと問題でしたからね。多文化共生という面からはどうですか?
ロスナー:中期的には、これらの「共に生きる」形態は恒久的に安定しないことが予想されます。
高松:そのほかには?
ロスナー:難民の法的地位の変更が大きな課題です。支援の給付が6月はじめから、「亡命希望者」としてではなくなります。管轄がジョブセンターにかわり、一般的な社会保障に変更される。これは正しいことですが、行政に負担が生じる。
難民に一流も二流もない
高松:支援の根拠について話をうかがいたいと思います。ドイツ自治体の支援の根拠には3つが上げられると私は考えます。1つ目が「人道主義」、2つ目が「西側としての連帯」です。まず、これについていかがでしょう?
ロスナー:ウクライナのみならずロシアからの難民に対して、両手を広げて歓迎すること。それから、決して望んでいたわけではない、私達との「新しい生活」を可能な限り耐えられるようにしなければならない。これは、人類の絶対的な義務で、議論の余地はありません。
高松:なるほど。
ロスナー:それから、この戦争がヨーロッパ大陸、言い換えれば私たちの玄関口で起こっているという事実と無関係ではありません。そして、国際法に違反し、プーチンが責任を負っているこの侵略戦争に対し、市内でも党派を超えて全会一致で非難している。ウクライナの都市全体の破壊に対する怒りと、プーチンの軍隊による残虐行為には限界がない。
高松:支援の根拠の3つ目ですが、特に2015年の難民危機のときに比べると、「支援の情熱」にはすばらしいものがある。一方で、新聞などでも指摘がなされていますが、その情熱は「ウクライナ人は白人だから」という事情によるものではありませんか?
ロスナー:そうですね。支援の意欲には、多くの不安と未回答の問いがあります。なぜ私たちはドイツ社会として、すべての難民に対して同じ連帯と開放性を示さなかったのか。シリア内戦難民、アフガニスタンやイラクの人々を今日も二流の難民として扱い続けるのはなぜか?
高松:そこは重要な課題ですね。
ロスナー:シリアなどからの難民をはじめ、出身の国籍によっては、(現状の庇護に関する決まりから)居住地を選ぶ許可がおりず、就労も禁止される。また、ドイツで用意している統合コースにアクセスできないケースもある。彼らの多くは、亡命申請の決定を長い間待たなければならず、また国外追放を恐れなければなりません。その中には大きな失敗があります。
高松:ある意味、痛々しい経験をしました。
ロスナー:私たちは今、この経験に基づいて新たな(支援の仕組みを)構築する必要があります。連帯は不可分で特定のグループに適用されるものではない。戦争、拷問、迫害から逃れるすべての人々に与えられなければならず、一流と二流の難民があってはなりません!
メモ:「支援が必要な人を助ける能力」を更新していく力
高松 平藏
困難に直面した人が目の前にいたら、支援しない理由はない。人道主義的な連帯を示すのは当然のことだ。しかし庇護に関する法律に加え、支援を求める人たちの人種や国籍も「支援の情熱」に影響してくる。さらには外国人排斥や人種主義のグループの声も大きくなる。
こういう多くのジレンマの中で、どれだけ人道主義的な連帯を強め、実現していけるか。これは継続的な課題である。ロスナーさんの言葉には2015年の反省と同時に、自治体から見た連邦政府の法律などに対する批判もある。他方、支援方法の向上があるのもまた事実だ。地方都市の「支援」の力が、連帯の実装が、このように鍛えられていくともいえる。
一方、欧州は難民の発生やその移動条件が日本とはかなり異なる。しかしながら、「困難に直面する人を支援する」という考え方は、現代の国家において普遍的なものであろう。それは、何も難民だけが対象になるわけではない。その観点から見た時、日本で議論すべきことは多い。(了)
著書紹介(詳しくはこちら)
難民を支援し、多文化共生の力にしていく地方都市
執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリストで当サイトの主宰者。 著書に「ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか」など。
2020年には「ドイツのスポーツ都市 健康に暮らせるまちのつくり方」 (学芸出版 3月)、「ドイツの学校には なぜ『部活』がないのか 非体育会系スポーツが生み出す文化、コミュニティ、そして豊かな時間」(晃洋書房 11月)を出版。一時帰国では講演・講義、またドイツでも研修プログラム「インターローカルスクール」を主宰している。プロフィール詳細はこちら。