津田塾大学でオリンピックについて、対談方式の講演機会をいただいた。開催の可否よりも、オリンピックと現代の世界をどうつなげて考えるべきかという問いを提示した。

2021年6月4日 文・高松平藏(ドイツ在住ジャーナリスト)


欧州らしさが見えないオリンピック


対談が行われたの6月2日。一緒に話をしたのは有山篤利さん(追手門学院大教授)だ。

この手の対談は適宜、話題の変更、方向づけなどが必要だが、手綱をひいてくださったのがマーヤ・ソリドーワルさん(津田塾大准教授)。対談の発案者でもある。

中心的なテーマになったのは次の2点だろう。

  1. オリンピックの(本来持つべき)価値と現状との乖離
  2. 「倫理的視点からの議論の欠如」という問題
対談はオンラインで行われた。上から、ソリドーワルさん、高松、有山さん

実のところ、私自身オリンピックに対して、競技大会としては関心が全くない。ただ偶然、仕事で「オリンピック」が私に近づいてくるということが時々あって、思想や歴史としてのオリンピックについては興味深い点がある。

IOC(国際オリンピック委員会)は大きな意味で「欧州」の中にあるものだ。しかし、ドイツ在住外国人の私から見ると「欧州」らしくないことがたくさんある。

そのひとつが倫理的視点からの議論の欠如。欧州を見ていると、どの分野でも「倫理」や「価値」から考える発想が通奏低音のように流れている。そのため、IOCでも一応文書としてはあが、報道で知る同委員会バッハ会長の発言には見い出せないのだ。

倫理的視点が見いだせないのは、日本も同様だ。もっともコントラストを大きくして言えば、欧州に比べて日本は「走りながら考える」といった実践性を重んじ、あらゆる分野で倫理や価値から考える発想が、もともと乏しい。

様々な「価値」と現実が対峙、あるいは錯綜する中、判断が迫られたときに、倫理的な視点から検討することは本来とても大切だ。


人間礼賛の視点を示すべき


4回にわたり、じっくり語った対談

一方、有山さんは、武道や体育、スポーツ社会学の側面から研究されている専門家だ。

昨年も当サイトで「長電話対談」を行った。これまでの歴史的経緯を踏まえると、オリンピックの意義とは何かが問われているのに、議論はなく開催ありきということに大きな違和感を持っておられ、次のように述べられている。

現代は、IT革命やBT(バイオテクノロジー)革命が劇的に進み、急速に動物としての身体の喪失が進行しています。アナログは時代遅れで、バーチャルが世の中を覆っている。そういう時代だからこそ、身体礼賛の文化を有していた古代ギリシャに思いをはせ、ヒューマニズムや人間の礼賛の視点を示すオリンピックにしてはどうだろうか。

長電話対談 有山篤利✕高松平藏:オリンピックの代わりに何を考えるべきか?丨 第1回 五輪の価値とは何か?より

ソリドーワルさんは武道研究がご専門だが、必然的にスポーツ・武道の社会的な位置づけや構造について、出身国のドイツと日本の比較をされている。そのため、有山さんや私の問題意識をよくご理解いただいており、対談前の打ち合わせでも示唆的な意見をご教示いただいた。


秀逸だった『可能・不可能』『賛成・反対』という整理


津田塾大学の対談の話にもどる。

以上のことから、昨今のオリンピック開催の可否といった議論よりも、オリンピックと現代の世界をどうつなげて考えるべきか。そういう問いを持つべきだというのが、対談で提示できたことだと考える。

図. オリンピックをめぐる日本社会の分断(作成:有山篤利) 対談で提示された



また、有山さんが作成された今回のオリンピックについての整理をされた図を許可を得て転載しておく(上)。分布も興味深いが『可能・不可能』『賛成・反対』という軸そのものが、倫理的思考のための秀逸なガイドラインになっている。

関連記事:北京リンピック選手、中村友梨香さんとの「緊急対談」。
選手にとって「オリンピックが全て」になる理由

実は昨年の今頃、ソリドーワルさんの企画で、同大学で同じ顔ぶれでスポーツについて対談を行った。学内でこの続きを聞きたいとのご要望があり実現した。「オリンピック開催後(あるいは延期・中止後)にも続きを」と言って下さる方もあり、今回のような視点の重要性を再確認した。

聞いてくださった学生さんの数は約320人。質問もたくさんいただいた。いずれにせよ学生さんにとって、少しでも刺激になっていれば嬉しい。

対談タイトルは「オリンピック・パラリンピックの意義を議論し、コロナと共に生きる社会におけるスポーツの在り方を考える」というものであった。(了)


著書紹介(詳しくはこちら
一見、「スポーツ分野の本」見える拙著。本質的には「都市の質」「都市社会」についてのものです。

都市の魅力を高めるスポーツ
スポーツは地域のコミュニティを作る

執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリストで当サイトの主宰者。 著書に「ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか」など。
2020年には「ドイツのスポーツ都市 健康に暮らせるまちのつくり方」 (学芸出版 3月)、「ドイツの学校には なぜ『部活』がないのか 非体育会系スポーツが生み出す文化、コミュニティ、そして豊かな時間」(晃洋書房 11月)を出版。一時帰国では講演・講義、またドイツでも研修プログラム「インターローカルスクール」を主宰している。プロフィール詳細はこちら。また講演や原稿依頼等はこちらを御覧ください。