写真=市長の儀礼用首飾り。

ドイツの基礎自治体の首長には自分の仕事を持ちながら、「名誉市長」として無報酬で働いている人がけっこういる。しかし、市長の仕事は増え、フルタイムに変更すべきだという意見が出てくることもしばしば。ちなみにドイツの自治体の構造は日本と異なるばかりか、州ごとにも違いがある。

(雑誌『市政』2019年8月号寄稿分を修正加筆 時系列は当時のもの)

2021年3月25日 文・高松平藏(ドイツ在住ジャーナリスト)


市長の業務が増えている


2019年5月にバイエルン州北部の人口2,100人の町、ドルミッツで住民投票が行われた。それは同自治体のホルガー・ベツォルト市長を無報酬の「名誉市長」のままにするか、フルタイムの「職業市長」にするかを決めるものだった。

ドイツの基礎自治体は相対的に人口規模が小さい。最も人口が多いのはベルリン(約377万人)だが、5位以下となると100万人を切る。人口規模で最も多いのは1000人から2000人クラス。10万人ともなれば「大規模都市」という位置づけになる。

市長の給与は州によって異なるが、人口規模によって等級が決まっている。バーデン=ヴュルテンベルク州やバイエルン州などは一定の人口規模を下回ると無報酬の「名誉市長」という立場になる。例えば、バイエルン州の場合、5000人以下の基礎自治体がその対象だ。

それに対して、人口2,100人のドルミッツでなぜ「職業市長」の議論が出てきたのだろうか。

同自治体の第二市長マティアス・フックス氏は昨秋、「近年、連邦政府、州および地区の役所から多くの任務が市町村に移管された。これは市民にとって歓迎すべきことだが、最終的には市長の作業量の増加にも反映される」と地元紙の取材に応えている(2019年11月27日付)。

バイエルン州では2020年に市長選が行われるが、これ以降、常勤に変更すべきだとうったえている。自分の職業を持ちながら、余暇を市長業にあてるには物理的に時間が少ないわけだ。ベツォルト市長も昼間に行われる業務も多く、本業を終えてから、夜間の市長業だけでは不都合なことも多いという旨のことを述べている。ボランティアの範囲を超えているのだ。


「カネ」の問題ではない


こうした議論に対して、野党は「民主的に決めるべき」と主張、冒頭の住民投票に至った。そして、この住民投票の論点に「カネ」の問題をとりあげた。

どういうことかというと、「名誉市長」とはいえ、市長というと何かとお金がかかる。そのためドルミッツの「名誉市長」にも年間約450万ユーロの手当てがついている。さらに市長職を退いたあとも年間15, 800ユーロの名誉年金がつく。

一方、フルタイムの職業として付くと年間4,700ユーロの追加予算が必要になってくる。市民一人あたり年間21ユーロの負担増だ。しかし、いずれにしても市長自身が得る「カネ」は、決して潤沢とはいえない。

しかし、市長側からいうと、「カネ」の問題というよりも、業務遂行に関する時間が問題なのだ。常勤への変更を支持するグループは「市長が常勤になることで、様々なことに対して、より良い準備ができ、複雑な問題にもっと集中的に取り組める。そして市長がプロジェクトの責任者と直接話せる」という利点を挙げる。


究極の有償ボランティア


この手の問題は初めて出てきたものではない。ドイツにはたくさんの名誉市長がいるが、実質フルタイムの市長というケースがほとんど。市長就任前にしていた仕事をやめるケースも多い。くだんのベツォルト市長も結局、昨年末に仕事をやめている。

市長という仕事は極めて「ワークライフバランス」をとるのが難しい。バイエルン州北部の基礎自治体エッフェルトリヒ(人口2,580人)の名誉市長、カトリン・ハイマンさん(女性)は2014年の就任後、半年間、「母親」「銀行家」「市長」を成り立たせようと調整したが、すぐに不可能だとわかった。働いていた銀行をやめた。

こういった過酷ともいえる仕事内容ゆえか、なかには市長候補を探すのに苦労する自治体もある。それだけに名誉市長というのは、本当に自治体のことを考えた究極の有償ボランティアといえるだろう。

さて、5月26日に行われたドルミッツ町の住民投票の結果を見てみよう。残念ながら2020年からのフルタイム制への移行は実現しなかった。しかし投票率は80%。市民の関心具合が透けて見える。名誉市長のあり方は、今後も重要な課題として、継続的に議論が続くことだろう。

他方、地方分権型のドイツが成り立っている理由の一つは、地元の政治家と市民の距離が近い点にある。この投票率はそれをよく表しているように思う。(了)


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高松平藏 著書紹介(詳しくはこちら
ドイツの自治体における市長の活躍にもふれています。


執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリストで当サイトの主宰者。 著書に「ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか」など。
2020年には「ドイツのスポーツ都市 健康に暮らせるまちのつくり方」 (学芸出版 3月)、「ドイツの学校には なぜ『部活』がないのか 非体育会系スポーツが生み出す文化、コミュニティ、そして豊かな時間」(晃洋書房 11月)を出版。一時帰国では講演・講義、またドイツでも研修プログラム「インターローカルスクール」を主宰している。プロフィール詳細はこちら。また講演や原稿依頼等はこちらを御覧ください。