4月に入るまで感染者ゼロだった鳥取県。感染者が増えるなか、地域の日常生活がどうなったのかを日本財団の木田悟史さんに寄稿していただいた。同財団は県とともに共生社会推進などに取り組んでいる。

2020年4月27日 文・木田悟史(日本財団 鳥取事務所所長)

■一気に緊迫感が出た

久しぶりにカンパーニュを食べてみたいなと思い、鳥取市内にある天然酵母のパン屋さんnichiに出かけた。

私はそのお店のカンパーニュがお気に入りで、行く度にカンパーニュを頼んでいたら、すっかり顔馴染みになってしまった。先日久しぶりにお店を訪ねた時も、顔を見た瞬間に「カンパーニュですね」と言われてしまった。ただいつもと少し様子が違っていたのは、店主さんがマスクをされていたこと。そしてちょっと申し訳なさそうな顔をされていたことだ。

コロナウィルスが全世界で猛威を振るっている。
日本で一番人口の少ない鳥取県だけは大丈夫かなと思っていたら、4月に入り、一人また一人と感染者が出るようになった。

それまではどこか遠い世界のことだという意識が住民の方々の中にもあったと思う。でもここへきて一気に緊迫感が街のあちらこちらに出始めてきているように感じる。

それでも、満員電車に乗らなくてもいい、マスクをしないでいても、それほど怪訝な顔をされることもないとった意味では、鳥取はまだ暮らしやすい方なのかもしれない。東京や大阪などの都心部とは比較にならないくらい、まだゆったりとしているのだろう。

でも、パン屋の店主さんの不安気な様子が気になってしまった。もしかしたら自分も感染しているかもしれない、という不安。特に食に関わられる方々にとっては、その気持ちはなおさら強いのだろうと思った。

天然酵母のパン屋さん nichi のフェイスブックページ

■文化の砦、県立図書館が機能

今回のコロナ禍を、今自分の暮らす町の人達はどのように受け止め、どのように過ごしているのか。もう少し知りたくなって先日、本サイトでもご紹介したことのある鳥取県立図書館の高橋さんにお話を伺ってみた。

参考:図書館は民主主義の道具として不可欠だ 鳥取県立図書館にみる司書の活躍

今回のコロナ禍を受けて、本を借りられる方の傾向に何か変化はあったのだろうか。聞いてみたところ、実際にはウィルスとか、感染症などといった、ダイレクトに今回の事象に関わりのあるテーマの本はそれほど借りられてはいないとのこと。

ではどういった本が借りられているのかと聞くと、小説など自宅で何か楽しめそうな物が多く借りられているという。ネットフリックスもいいが、こういう時にやはり図書館という存在は有難い。

鳥取県立図書館では、県内で感染者が確認されてから、閲覧コーナーは閉鎖しているが、予約のみの貸出しを行っている。

貸出し期間も通常2週間のところ3週間としていて、一人最大で二十冊まで借りることができる。鳥取県立図書館は、民主主義最後の砦としてだけでなく、文化の砦としてもしっかり機能していた。

■小さなサプライズに見るコロナ禍対処の勘所

自宅勤務となった我が家もネットフリックス のヘビーユーザーなのだけれど、つい先日家内が子供を連れて図書館に行ったら、何と子供向けの福袋が用意されていた。

子供は当然大喜びである。誰もが目の前のことに一生懸命で、そして目の前にある問題のあまりの大きさに動けなくなりそうな中で、こうした小さなサプライズは本当に気が利いている。そしてもしかしたらこれが、この町の人達なりの対処の仕方なのかもしれないなと思った。

政治家の不甲斐無さに腹を立てても仕方がない。日々の生活や家族や人との繋がりを大切にしながら、何とかこの災厄を受け流していくよりない。

そういえばカンパーニュの語源はラテン語のカンパニオ。家族や仲間を表す言葉だった。ウィルスもパンの酵母も目には見えないが、片方は人の繋がりを破壊し、もう片方は繋がりを創造する。一切れのパンをトースターに入れながらそんなことを考えた。(了)

 ゲスト執筆者 木田悟史(きだ さとし)
日本財団 鳥取事務所所長。
ソーシャル・イノベーション本部国内事業開発チーム チームリーダー。慶応義塾大学 環境情報学部卒業後、日本財団入団。総務部や助成事業部門を経て、NPO向けのポータル・コミュニティサイト「通称『CANPAN』カンパン」の立上げに関わる。企業のCSR情報の調査や、東日本大震発災後、支援物資の調達や企業と連携した水産業の復興支援事業の立上げを担当。その後、情報システムや財団内の業務改善プロジェクトを経て今に至る。

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