「連帯」は日本で馴染みのない言葉だ。コロナ対策で西洋の国々では、政治家の口からもよく出てくる言葉だ。ところが、この言葉を安倍首相の口から出てきた。
2020年4月21日 文・高松平藏(ドイツ在住ジャーナリスト)
「連帯して乗り越えていく」
日本のニュース動画を視聴していて驚いた。安倍首相の口から「連帯」という言葉が発せられたのだ。2020年4月17日に行われた記者会見で記者に対する質問に答える中で出てきた。(下にYotubeあり)
「連帯」はキリスト教圏で発展してきた概念だ。社会・政治の文脈でも使われる普遍的な言葉だ。デモクラシーや個人主義とも整合性のあるもので、「個人主義の団結原理」といえるだろう。
ドイツにいると日常的にも耳にするし、社会保障の原理でもある。そして困難な状況になると、ぐっと強調される。コロナ危機においても当初から、当然のように、市長から首相にいたるまでの政治家の口から出た。
参考:
日本に欠如している団結原理
ドイツのコロナ対応で強調される「連帯」の意味 (東洋経済ONLINE)
一方、日本をはじめ、どこの国でも「団結原理」というのはある。ただ日本を見ていると、政治的言論にも使える団結原理 が欠如しているように思え、政治的な合意を作っていくのに問題になっているように思えたのだ。
しかし、緊急事態宣言を行い、また、今回、全国においてそれを広げてきたところでございますが、正に特定の事業者あるいはその周辺の関係者の皆さんだけではなくて、ほとんどの国民の皆様がそれぞれ外出を自粛しなければいけない、どうなるかという、本当に不安の中にあるわけでありまして、ここは皆さんが、国民みんなでこの状況を乗り越えていく、連帯して乗り越えていくということの中においては、一律10万円、全ての国民の皆様にお配りするという方向が正しいと、そういう判断をさせていただきました。
首相官邸のホームページより
おっかない日本の「連帯」
安倍首相と「連帯」について、調べてみると4月7日の記者会見でもトイレットペーパー買い占めなどに対して「連帯」が使われている。
SNSは本来、人と人の絆を深め、世界の連帯を生み出すツールであり、社会不安を軽減する大きな力を持っていると信じます。しかし、ただ恐怖に駆られ、拡散された誤った情報に基づいて、パニックを起こしてしまう。そうなると、ウイルスそれ事態のリスクを超える甚大な被害を、私たちの経済、社会、そして生活にもたらしかねません 。
首相官邸のホームページより
また2017年に、ニューヨーク・タイムズ紙(電子版 9月17日付)に “Shinzo Abe: Solidarity Against the North Korean Threat”(北朝鮮の脅威に対する連帯を)という記事を寄稿している。安倍首相自身、連帯という言葉じたいはご存知なのであろう。
一方、日本で「連帯」というのは馴染みがないばかりか、少々おっかない。「連帯保証人」であるとか、労働運動で革命思想として「連帯」などが登場する。スポーツをしていた人は「連帯責任」というかたちで、理不尽にも「先生」に殴られた経験を持つ人もいるかもしれない。
ところが、コロナ禍のなかSNSを見ていると、突如「連帯」という言葉を書く人が多く目についた日がある。どうやら、ETV特集「緊急対談 パンデミックが変える世界~海外の知性が語る展望~」(4月11日放送)で 経済学者・思想家 のジャック・アタリ氏が連帯をキーワードとして述べたようだ。このあたりから注目する人が増えたのかもしれない。
今後、どう解釈され、練られて行く?
ここで、安倍首相の発言を見る。
「 国民みんなでこの状況を乗り越えていく、連帯して乗り越えていくということの中においては、一律10万円、全ての国民の皆様にお配りするという方向が正しいと 」
この使い方、私の理解の範囲ではいまひとつピンと来ない。
「連帯して乗り越える」はわかるが、「10万円を配る」ということと関連付けが難しいように思う。まさか「10万円配るから連帯できるよね?」という意味ではあるまい。
それに対して、4月7日の記者会見や米紙への寄稿を見ると「連帯」の使い方は標準的だと思う。「世界」「グローバル」といった言葉と関連させると出てくるのかもしれない。
以上を考察のサンプルとするにはあまりにも少ないのだが、おそらく安倍首相、というか日本の政治の言葉としては、まだまだ「連帯」が持つ本来的な意味は理解されていないだろう。同時に取材する側もそうだ。もっともこれは仕方がない。
ただ、世界で同時期におきた困難のなか、西洋スタンダードともいえる「団結原理」が日本の首相の口から出てきた。この点を記憶にとどめておきたい。今後も続けて使われるのか、どのように解釈され、練られていくのか。引き続き注視したい。(了)
執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリストで当サイトの主宰者。 著書に「ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか」など。 最新刊は「ドイツのスポーツ都市 健康に暮らせるまちのつくり方」 (2020年3月)
一時帰国では講演・講義、またドイツでも研修プログラム「インターローカルスクール」を主宰している。プロフィール詳細はこちら。