未来への戦略なき日本 – 『再帰的前近代』の変容 第1回(全3回)

「日本はもうダメ」という悲観論がよく聞かれる。この状況を理解するカギは「再帰的前近代」という概念だ。この独特な発展モデルが戦後日本の急速な経済成長を可能にしたが、今やこのシステムは限界に直面している。
2025年3月5日 文・高松平藏(ドイツ在住ジャーナリスト)
「再帰的前近代」とは何か
「再帰的前近代」とは、前近代的な構造や価値観を克服するのではなく、それらを洗練させ、強化することで近代化に対応した日本特有の発展モデルを指す。この概念は、ドイツの社会学者ウルリヒ・ベックが提唱した「再帰的近代化」理論に着想を得ている。ベックは、工業社会が自己批判的に自らを変革していく過程を「再帰的近代化」と呼んだが、日本の場合、前近代的要素が近代化の過程で再帰的に強化されたという点で、「再帰的前近代」という概念がより適切である。
筆者が住むドイツを見ていると、「理性で自己決定する私」というメンタリティの確立(啓蒙思想)を経て。個人の自由や平等、連帯といったものが補完関係にある価値体系を確立し、社会に実装していった。それに対して日本は伝統的な価値観や社会構造を基盤としたまま、急速な近代化を遂げた。この「再帰的前近代」の過程こそが、日本の独特な発展モデルを形成したのである。
「世間」モデルと集団的自我と経済大国への道
日本社会の基盤となったのは「世間」と呼ばれる概念だ。これは血縁や地縁に基づく小さな集団の「集団的自我」を中心とした社会システムである。この中心的な価値観とは森嶋通夫の議論を援用すれば、戦前の道徳教育ということになる。これが戦後の経済成長を支える基盤となった。
戦後日本の急速な経済成長は、この「再帰的前近代」のシステムによって可能となった。終身雇用制や年功序列制度は、会社を近代的な「ムラ」として機能させ、従業員の忠誠心と勤勉さを引き出した。いわゆる「体育会系」の価値観は、この「世間」モデルから生み出された勝利追求の規範として機能し、日本企業の競争力を高めたと言える。
森嶋の分析によれば、1950年代から70年代にかけて、儒教的道徳教育を受けた世代が労働力の中心を占めていた。この世代の価値観が、政治家、官僚、財界人の協力関係を支え、1980年代初頭まで日本の経済成長を牽引したのである。具体的には、彼らの価値観が企業文化や労働環境に深く根付いていたことが、経済成長を促進した。
戦後経済を牽引したのは時速300キロで走る蒸気機関車
言い換えるならば、日本の戦後経済は、時速300キロで走る蒸気機関車にたとえることができる。西洋諸国が既に「電車」に移行していたにもかかわらず、日本は蒸気機関車の性能を極限まで高めることで、驚異的な経済成長を遂げた。これこそが「再帰的前近代」の本質であり、日本を経済大国へと押し上げた原動力だったのだ。
しかし、この「再帰的前近代」モデルは、グローバル化や技術革新が急速に進む現代社会において、その限界を露呈し始めている。次回は、日本の停滞と「再帰的前近代」の価値低下について考察する。(了)
参考文献
阿部謹也. 『「世間」とは何か』. 講談社, 1995.
高松平藏. 「スポーツが映し出す「再帰的前近代」で繁栄した日本:櫻井善行氏による拙著(3冊)書評へのリプライ」. 『国際化文化政策』第18号, 国際文化政策研究教育学会, 2024年8月.
森嶋通夫. 『なぜ日本は没落するか』. 岩波書店, 2010.
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執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリスト。エアランゲン市(人口約12万人 バイエルン州)を拠点に、地方の都市発展を中心テーマに取材、リサーチを行っている。執筆活動に加えて講演活動も多い。 著書に「ドイツの地方都市はなぜ元気なのか」「ドイツの都市はなぜクリエイティブなのか」など。当サイトの運営者。プロフィール詳細はこちら