ドイツのエアランゲン市(人口12万人、バイエルン州)の市営ミュージアムで、町の外国ルーツの市民をテーマにしたプログラムが1月16日に開催された。

同市は18世紀にフランスから、プロテスタント系(ユグノー)の宗教難民を引き受けた歴史がある。ユグノーは靴下や白い革製品を作る最先端技術を持っていたことから、当時の町を統治していた貴族による経済政策という側面があった。そして、彼らを受け入れたことから、バロック様式の都市開発が行われた。

また、第二次世界大戦後は、同市は爆撃を逃れ、「西側陣営」に属していたことから、シーメンス社が本社をベルリンから同市へ一時的に移した。現在でも医療機器関連の研究開発拠点になっている。また大学や研究所もあることから、そのため外国からの社員や学術関係者も多い。

ちなみに同市には145カ国、合計約3万人の外国籍の市民が住んでいる。総人口に対して約25%に相当する(2023年12月現在)。さらにドイツ国籍でも帰化や、外国のルーツがあるといった人を含めると人口の40%程度にまで増える(2022年現在)。

このような歴史から「ユグノーからシーメンス社員まで」と題された展示ガイドツアーは、18世紀以降の移民の歴史を通じて、都市の発展を紐解く試みだった。

モア博士による、「外国系市民」からみた都市の歴史の解説。

移民が築いた都市の歴史


ガイドのイングリット・モア博士は、同市の歴史を紹介する常設展示を巧みに活用し、「人の移動」とは何か、移動の原因は何かといった基本的な問いを取り上げつつ、人の移動が都市形成に与えた影響を解説。バロック様式の新市街、シーメンス社の進出、大学都市としての発展など、エアランゲンの特徴的な側面が、すべて他地域からの人々の流入によって形作られたことを明らかにした。

完全予約制で一人当たり6ユーロ。参加者は20人に足らずで、その多くが高齢者。平日の午後という時間帯を考えると当然だろう。しかし、彼らから出る質問からは、すでにエアランゲンの歴史をよく知っている人が多そうだ。

展示後のコーヒータイムでは、参加者自身の海外での居住経験や、ドイツでの教育現場の光景、外国系市民の子弟の学習支援からの洞察、スポーツを通じた統合の可能性などが語られ、移民をめぐる対話の場となった。

一方的に解説を聞くだけではない。コーヒータイムでは参加者たちが、今回のテーマに沿って、自由に経験や意見を述べ合う。

常設展の価値を高めている


この企画そのものは、地味なものである。常設展示という既存の「資産」を特定のテーマで再構成し、対話を生み出す試みとして注目に値する。公共の「財産」である市立博物館が、こうした形で頻繁に活用されることで、その価値はさらに高まるだろう。市場経済の原理では成り立たないプログラムだが、だからこそ市営でやるべきことだ。「投資」と考えると、すぐにはリターンはないが、都市の「インナーマッスル」を静かに、確実に鍛えることになる。

同ミュージアムは子供や青少年向けのプログラムや、都市内のモニュメントを回る自転車ツアーなど様々なも多数な取り組みを行っている。今回のような、特定のテーマに絞ったプログラムも定期的に行っている。(了)


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執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリスト。エアランゲン市(人口約12万人 バイエルン州)を拠点に、地方の都市発展を中心テーマに取材、リサーチを行っている。執筆活動に加えて講演活動も多い。 著書に「ドイツの地方都市はなぜ元気なのか」「ドイツの都市はなぜクリエイティブなのか」など。当サイトの運営者。プロフィール詳細はこちら