交流が多いことが日常風景の都市とは? – 日独比較から考える社会デザイン
ドイツ・エアランゲン市に来られた大西正泰さん(吉備国際大学 講師)と、町を歩きながら行った対談を2回にわたってお送りする。初回は教育現場から見た日本の問題を見つつ、活力ある都市の常態を実現するには、どのような社会デザインが必要かを「越境」をキーワードに探る。
公開日2024年12月10日(対談日2024年9月22日)
越境の価値とは何か?
高松:大学教員として「越境」をキーワードに色々考えていらっしゃるようですね。ここでいう越境とは、組織や集団、固定観念から越え、往来するという意味です。
大西:昔は、人間は旅をするとか、人との出会いも少なかったと思うんです。だから「越境」することは、喜ばしかった。だからこそ、遠方から客人(まろうど)がやってくると、色々もてなしたりした。そして、客人との交流や知恵が伝わった。こういう交流で何が良いかと言えば「自分のことがよくわかる」と言うことなんですよね。
高松:そうですね。
大西正泰(おおにし まさひろ)
吉備国際大学講師。元社会科教師として起業家教育を実践後、経済産業省のプロジェクトに携わる。2012年に一般社団法人ソシオデザインを設立し、過疎地での起業支援や空き家再生に取り組む。全国で自治体向けコンサルティングや講演を行い、2018年に中小企業庁「創業機運醸成賞」を受賞。教育学修士・経営学修士。1970年徳島県生まれ。
大西:普段いるところから違うところへ行く、あるいは自分が知っていることでも、違う場所へ行くと全く違う見方や使われ方をする。そんなことがわかると、技術や考えが深まる。
高松:はい。
大西:しかし、いま大学で教えている学生を自分の学生時代と比較すると、越境するモチベーションが湧きにくい時代になったなと感じています。スマホを使えば越境するし、入ってくる情報量もとてつもなく多い。わざわざ越境しなくても、「越境した気にさせられてしまう環境」になったと思うのです。
ビジネス界の越境議論は昭和的だ
大西:これは大学生の話でしたけど、ビジネスの世界でも「越境しないといけない」っていう議論がある。それは創造とかイノベーションとか、いろんな組み合わせで、新しいことを生まないといけないと言う考え方です。でも、これって私たちが自然と身につけてきた「昭和までの当たり前」だと思うんですよ。
高松:どう言うことでしょう?
高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリスト。エアランゲン市(人口約12万人 バイエルン州)を拠点に、地方の都市発展を中心テーマに取材、リサーチを行っている。執筆活動に加えて講演活動も多い。著書に「ドイツの地方都市はなぜ元気なのか」「ドイツの都市はなぜクリエイティブなのか」など。当サイトの運営者。
大西:僕が今、現場の大学で挑戦しているのは、「常温」。本当に「平熱」ですね。特別にモチベーション上げてとか、高い熱量でとか。そういった高温の熱量でなくて、平熱で越境する。越境するのに高温化する必要があるというのは、ひょっとしたら「昭和までの当たり前」で、今のマジョリティの学生には合わなくなってきたと感じています。
高松:客人の一種だと思うけど、いわゆる「世間師」って言われる人がかつていたと言う話がありますよね。こういう人たちは、さまざまなところを渡り歩いているため、ある集団の常識とされていることと違う視点を持っていたり、違う知識が持っている。彼らが集団を混ぜてくれて、集団のイノベーションにつながった。
大西:富山の薬売りもそうだと思うんですよね。こういった人たちが社会システムとして「常温の越境」を担っていたとも言えますよね。
高松:そうそう。で、世間師みたいな役割の人も、今はいなくなった?
大西:行商がなくなっていくとともに、いなくなったんでしょうね。さらに、かつての井戸端会議や集団内での噂などが全部オンラインに移行しています。当然、人同士の関係は近距離ではなく、ものすごく離れる。距離の関係のないお付き合いになると言うよりも、抽象度の高い情報の行き来になる。それはつまり、「熱量を伴わない往来」へとシステム移行したことを意味します。それゆえに、「常温の越境」を意識せざるをえないんでしょうね。
「常温」と「高温」のグラデーションがある社会が必要
大西:しかし、オンラインの世界をみると、炎上という現象があります。厳しく弾劾する、批判することで熱を帯びる。コミュニケーション量が増えると、プラスにもマイナスにも熱を帯びやすい。だから、そういうことが起こる世界からは結果的に距離を置きたい。かつて世間師のような、新しい情報や考え方、知恵など何かをもってくる人がいても、距離を取るようになる。今の時代あまりにも情報多いでしょ。だから、そう言う人に近づくと伝熱して「疲れる」から、距離を取ることで生きやすいと考えるのでしょうね。
高松:それが今の学生さんの傾向だと。
大西:そうですね。本来、越境の原動力は好奇心だと思いますが、動画で簡単に好奇心が満たされる今の環境では、じっくり考えさせないアルゴリズムに囲まれている。次から次へと刺激的なタイトルの動画を渡り歩き、お手軽に好奇心が満たされるようになると、「昭和の当たり前」は越境コストが高く、めんどうくさい。熱量を伴う越境体験をしないから、なかなか自分を深めることが少なくなってくる。すると、メタ認知も起こらないので、自分の強みも分からない。かといって、我々の世代が若い頃に行われていた、厳しい指導もできないでしょ。じゃあ、今の学生さんの成長はいつになったら起こるのかと。
高松:深刻ですね。
大西:一方で、「成長しないといけない」と言うのも、ちょっと見直す必要があります。教育に関しても、「高温※」で高めていくやり方も良い。しかし、「常温※」でも成長できる仕組みを作って、「高温」「常温」のグラデーションの中で進めていかないとね。今の若い人たちのみならず、まあ僕らの年でもなかなか動かないですしね(笑)。コスパという言い方も語弊がありますが、成長とは何かを、こう一回、ほぐして考えないと。
※ 高温と常温:特別な努力や高いモチベーションを必要とするものが「高温」。無理をせず、自然な状態で行われるものが「常温」
常温の都市とコミュニティ
高松:「成長」について掘り下げていきたいところですが、それはまた別の機会に(笑)。それにしても重要なのが、「常温」での越境ですね。今日こうやってドイツの歩行者ゾーンを中心に街を歩きましたが、無理することなく「越境」できそうな環境だったでしょ。
大西:ほんと、「常温」(笑)。これが強みだなと思いました。ウォーカブルシティというのが最近流行りになっていますが、ドイツを見ると「常温」。それを感じました。
高松:「どうだ、これこそが、歩ける町だっ」と高温で、気合いを入れて実現している雰囲気はないということですよね。これは都市という概念が、日本とドイツは違う、そこから検討する必要があります。
大西:本当そうですね。
高松:「都市とは何か」といったときに、それは「赤の他人の集まりだ」ということにドイツは自覚的です。19世紀に「単純に人口が多いだけでは都市ではない」という議論があった。
大西:都市の定義みたいなものが明確にあったわけですね
高松:そういう歴史を見ているとね、都市にはある程度の人口はもちろん必要です。しかし、それ以上に大切なのが「都市の質」というのが私の理解です。
大西:質的なものが伴わないと、都市である理由がないと言うことですね。
高松:はい。日本の場合、都市であっても地縁組織があるプリミティブな集落のイメージがベースになっているでしょ。
大西:そうそう我々、「アジア」ですから。笑
アメリカ発「サードプレイス」議論への違和感
高松:日本はその集落的な感覚が踏襲されているため、大都市のマンションでも自治会があります。それに対してドイツには地縁組織はない。その代わりにNPOに相当するものがたくさんある。例えばエアランゲンの人口は12万人ですけども、 700以上あるんです。NPO というのは強制的に入らされるものじゃなくて、自分が選ぶでしょ。
大西:そうですね。
高松:メンバーになることを自分で決める。逆に辞める時期も自分で決められる。つまり都市の中に、同じ目的とか趣向を持っているような集まりができるわけで、そんなコミュニティが700以上あるということになる。
大西:うん、それはすごいですよね。
高松:もし、メンバーになりたいようなNPOがなかったら、自分で簡単に作ってしまえる。
大西:そこが僕はヨーロッパの強みと思えるんです。今回見たのはドイツですけど、フランスでも同様に見えます。アメリカから出てきたサードプレイスの議論を見ると、ヨーロッパにはアメリカとは異なる文脈の「常温」と常温を作る「装置」のようなものが異なるように見えます。
高松:同感です。サードプレイスの議論そのものの重要性はわかるし、社会的な要素として見ると、アメリカもヨーロッパも一緒。でも実際の文脈が明らかに違うと思います。
大西:エアランゲンの町の中を見ると、人々は普通によく喋っている。それに、先ほどカフェで高松さんが上着を落とした時に、さっと拾って、声をかけてきた女性がいたでしょ。個人同士全く関係ないけれども、簡単に関われる距離感がありますね。その距離感がすごい良く出来ている。
高松:そうですね。
大西:サードプレイス的なものは、国ごとに異なる背景があって、明らかにヨーロッパとか、今私たちがいるエアランゲンが持っている「常温」や、カルチャーがある。言い換えれば、これが町を歩く理由の源です。これがあるから、「結果」として人々は町を歩くのでしょうね。
高松:日本は「ウォーカブルなまちづくり」というのを一生懸命やってますが・・・
大西:そうそう、「歩くこと」が先になって「歩く理由」が作れていない。そこがもったいないですね。
「会社」に託しすぎた日本
大西:「越境」もそうですね。エアランゲンの町を見ると「越境」する理由とか環境がごく普通にあるので、スムーズにできてしまう。今日、エアランゲンを歩いて一番体感したことです。
高松:ドイツあるいはヨーロッパの都市の考え方で言うと、「越境」できるようなシステムや、組織が必要という考え方は早くからあったと言えます。今日歩いた歩行者ゾーンになっている中心市街地はその代表格です。誰でも来ることができて、誰でもアクションが起こせる。「越境」ができる、いわゆる公共空間ですね。
大西:なるほど。
高松:日本で戦後一番発達したムラは「会社」だと思うんです。バブル経済あたりまでの時代は、越境環境としての都市を考える必要はあまりなかった。しかしバブル経済が崩壊して、終身雇用制も崩れた時に、越境機会の必要性が見えてくる。そういう観点から見ると、日本は都市を作り損ねたような印象があります。
大西:逆に言えば、会社の中のコミュニティとしての「飲みにミュニケーション」など、日本にも越境のフォーマットがあったのに、それが崩れていった。しかし、ヨーロッパはそういう越境のためのコミュニティがあった。
高松:そうですね
大西:日本では元々長屋の暮らしや市場のような身の回りにあった機能を、結果的に「会社」に託していた。だから、越境学習という課題もビジネスの世界から出てきたとも言えるのだと思いますね。
次回「個人主義の再定義、アジア社会の新しい風景が作れるか?」に続きます
高松平藏 著書紹介(詳しくはこちら)
エアランゲン市にフォーカスして、「都市の質」を検討しました