市民学習機関の中庭にはカフェがある。議論やおしゃべりなど無数の「社交」がデモクラシーの強化にもつながる。

このほど、ドイツ・エアランゲン市(バイエルン州 人口12万人)の市民学習機関(vhs)で75周年の記念式典が行われた。代表のマルクス・バッセンホルスト氏の式典での演説から、この教育機関が地方都市の中でどういう役割があるのかをみていく。とりわけ極右の勢力が伸びている今日、民主主義を支える役割があることが窺える。


式典は9月14日、同市内で行われ、約180名の来賓が参加した。バッセンホルスト氏は市民学習機関が市民の多様な学習ニーズに応える重要な役割を果たしてきたと述べた。ドイツでは生涯学習が法律で保障された権利とされている点が特徴的だ。この権利に基づき、誰もが参加しやすい価格で、地域に根ざした幅広い学習機会を提供している。

市民学習機関(vhs / Volkshochschule)
ドイツ全土の都市や地域に存在する成人教育機関。1918年の第一次世界大戦後に設立され、現在では地域の生涯学習センターとして機能している。日本の公民館や生涯学習センターに似ているが、広範囲で体系的な教育プログラムを提供しており、言語、文化、健康、職業訓練など、多岐にわたる分野で低価格の講座を開講している。市民の生涯学習と社会参加を支援し、民主主義の基盤を強化する重要な役割も果たしている。各vhsの関係は「チェーン店」のような構造ではなく、地方自治体や非営利組織などが独自運営。州レベルや連邦レベルの協会に所属し、連携を図っている。

エアランゲンのvhs代表、バッセンホルスト氏

「学習機関(vhs)は『全ての人々のためのもの』です。年齢、性別、国籍、経済状況に関わらず、学びたいと思う全ての人に開かれています」とバッセンホルスト氏は強調した。この姿勢は、教育の機会均等を通じてデモクラシーの基盤を強化する役割を果たしているという。

しかし、同学習機関の運営は決して容易ではないと続ける。その成功には、自治体からの財政支援、法的な後ろ盾、魅力的な施設、そして熱心な教育者たちの存在など、多くの要素が必要だからだ。バッセンホルスト氏は、これらの要素がうまく噛み合ってこそ、同教育機関が地域社会に貢献できると説明した。

現在、エアランゲンのでは900人の講師が多様な講座を提供している。バッセンホルスト氏は「講師たちは、この教育機関の顔であり心です」と感謝の意を表した。

市内で開催された75周年の式典。

市民教育機関の今日的な大きな意味


エアランゲンの学習機関(vhs)の事例は、こうした機関が地域社会の民主的な基盤を強化し、多様性を育む重要な役割を果たしていることを示している。日本にも生涯学習機関はあるが、歴史的経緯や社会的意味合いが異なるのでピンと来にくい。

人種や性別、国籍などは無関係で、誰に対しても学習機会を提供している。併設のカフェでは人々が講義の合間などに勉強会やおしゃべりに花を咲かせる。

大きな役割の一つが「意見形成」のための学習だ。 デモクラシーといえば日本は投票率に注目されがちだが、肝心なのはまずは意見を自由に述べ合うこと。そしてそのための「意見形成能力」が必要である。成人向けの多くの無料講演や安価な学習プログラムの大きな目的の一つは、この意見形成の手助けになることだ。

今日のドイツは、政治的には中道の影響力が下がり、極端な左右の力が伸びた「谷のような時代」である。これを受けて、デモクラシーの強化が謳われている。この教育機関は地方のデモクラシーの「インナーマッスル」を静かに、地道に強化する役割がある。(了)


著書紹介(詳しくはこちら
エアランゲンの取材・調査を元にこんな本を書きました。

都市のクリエイティビティの源は?
スポーツと民主主義の意外な関係

執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリストで当サイトの主宰者。 著書に「ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか」など。
2020年には「ドイツのスポーツ都市 健康に暮らせるまちのつくり方」 (学芸出版 3月)、「ドイツの学校には なぜ『部活』がないのか 非体育会系スポーツが生み出す文化、コミュニティ、そして豊かな時間」(晃洋書房 11月)を出版。一時帰国では講演・講義、またドイツでも研修プログラム「インターローカルスクール」を主宰している。プロフィール詳細はこちら。また講演や原稿依頼等はこちらを御覧ください。