都市計画だけでは町はつくれない

美濃加茂市の市長、藤井浩人さんとドイツ・エアランゲン市(人口12万人、バイエルン州)の市街中心地を歩いた。日独の両方の自治体を念頭におきながら「インターローカル」な意見交換を行った。これを受けて対話とデモクラシーをテーマにした対談をお送りする。第1回目は美しい町並みの背景にある歴史や価値観を考える。


町並みが美しいドイツ


藤井:まず圧倒的に感動したのは街並みですね。日本の発展傾向の地域には、チェーン店が入り込んできます。ニーズに裏付けされたもので、それそのものは悪いわけではない。しかし結果的に街の統一性がなくなり、派手なお店の看板だらけになっていきます。

高松:そうですね。

藤井浩人(ふじい ひろと)
美濃加茂市長(4期目)。26歳で市議、28歳で市長初当選。大学院生時代の東南アジア周遊で日本の価値を実感し、社会貢献を志して政治家に。市民との対話を重視し、SNSでの情報発信も多い。これらを通して透明性ある市政を目指す。1984年生まれ。

藤井:江戸時代からの風景が残っている中で、一軒だけアパート建っていたり、かつて栄えていたような地域が歯抜け状態になってしまい、昔の面影がなくなり、駐車場になっていく。これが地方の一般的な方向性だと思います。

高松:その問題は起こって久しいですね。

藤井:今回、コブレンツ市はじめ、視察でドイツの都市をいくつか訪問しましたが、本当に町がきれいです。これは単なる都市計画やハードの話だけじゃなくて、住んでいる人たちの共有した思いがあるんだろうなあって感じました。

高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリスト。エアランゲン市(人口約12万人 バイエルン州)を拠点に、地方の都市発展を中心テーマに取材、リサーチを行っている。執筆活動に加えて講演活動も多い。著書に「ドイツの地方都市はなぜ元気なのか」「ドイツの都市はなぜクリエイティブなのか」など。当サイトの運営者。


「歴史」や「故郷」が大声を出す


高松:ドイツの都市の中心市街地は「自治体のへそ」のような空間です。そのため景観も保全しています。エアランゲンの中心市街地の歩行者ゾーンなどを私たちは歩きましたが、いかがでした?

藤井:広場を中心にして、雰囲気に統一性がある。全体として美しいと感じました。

高松: 歴史的な観点から言えば、第二次世界大戦後の経済成長の時期に、歴史的な町並みが潰されそうになった時、各都市で郷土・歴史協会のような人たちが出てきて開発の反対勢力になりました。エアランゲンも例外ではないです。

藤井:日本にも歴史を重んじて、無料の観光ガイドなど、本当に一生懸命やってくださる方たちがいます。しかし、ボランティアだからこそ「控えめでいなくてはならない」「ロビー活動などはやっちゃいけない」と考える方が多く、政治的には力が弱い。


経済優先にブレーキをかけるものが必要


藤井:私は大切な歴史を大切にしている人たちの気持ちを受け止め、学び、その上で「これは残そう」「大事なものを守ろう」という考えを持っています。しかし日本では、歴史や文化よりも経済が優先されがち。開発を進めたい側の政治力は非常に強いです。

高松:戦後、ドイツの都市では、中心部を歩行者ゾーンにする動きが出てきました。これは、町の歴史的建造物を都市の特徴や歴史的価値として見直すプロセスでもありました。

藤井:半世紀以上前のことで、すごいですね。

高松:戦後、ドイツも日本と同じく復興に力を入れましたが、少し落ち着いた時期に歴史や文化の価値を見直す考えが生まれた点は、日本とは異なるかもしれません。

藤井:美濃加茂市は今年70周年を迎えますので、歴史を振り返っています。戦後の開発はよかったのですが、立ち止まって「ここだけは守ろう」と言ったような議論はあまり残されてない印象があります。


クルマは交通の王様ではない


高松:もう一つ重要なのが、価値観の転換にあると思います。戦後、ドイツも経済復興の中で、国民がクルマを買えることが目標でした。エアランゲンの中心市街地の広場も駐車場に使われ、クルマが「交通の王様」だったんですよ。しかし、ここを歩行者ゾーン化した。これはクルマを排除して、人に焦点を当てた結果ですね。

藤井:なるほど。

高松:1970年代には自転車道の整備も進みました。「交通の平等」という考えが重要視され、歩行者も自転車も安全に移動できる環境を整えることが目指されました。歩行者も尊重される環境が必要です。

藤井:クルマ社会では「王様(クルマ)」を購入して乗れる人がどうしても優位になってしまいますね。日本でも高齢ドライバーによる事故が問題ですが、クルマがないと生活が難しい現状があります。「クルマ=王様」をやめたエアランゲンのような取り組みは、子供や高齢者、ハンディキャップがある人、さらには観光客にも優しい都市づくりだと感じます。

エアランゲンの歩行者ゾーン(撮影:高松 平藏 )

空間のコントロールが必要な時代


藤井:日本では、道路の使い方を見ると、クルマ社会が支配的で、その利便性に抗えなくなっていると感じます。しかし社会が高齢化する中で、町全体を見た時、クルマが侵入できないエリアなどを作るべきだと思います。ドイツの町の中でクルマ徐行のエリア※がありましたが感動しました。

※歩行者優先エリア:歩行者と車両は同等の権利を有す。車両が人を追い越したい場合においては歩行者は脇に寄らねばならないが、通常は歩行者は道路の端を歩く必要はなく、通り全体を使用できる。車両の速度は7〜10キロ程度の歩行速度に制限され、駐車は指定場所のみ許可される。住民の生活環境向上を目的としている。左の画像が歩行者優先エリアの標識(Author Andreas06)

高松:日本で車両のコントロールという点でいかがですか?

藤井:昔の日本では道路で子供が普通に遊んでいました。ところが、「どこそこの道路で、あの家の子供が、この時間に遊ぶから注意しろ」なんて通報が来るんですよ。

高松:それは驚きです。ドイツでは、都市の歴史を通じて空間の区分けが進んできました。19世紀後半から法律も整備され、失敗もありましたが、蓄積されたものがあるようです。

藤井:なるほど。

高松:一緒に歩いたエアランゲンの中心市街地に、歩行者・自転車・公共交通機関混在の道路がありましたよね。市の自転車道担当者に取材した時、ものすごく自慢されたんですよ。「混在道路だが、事故が起こらない」というのがその理由のようです。色々区分けすることこそが通常だからこそ、混在道路は特殊ということなんでしょうね。

藤井:そうですか。

高松:日本だと混在しているところなんて、たくさんありますよね。先ほどおっしゃったように、今日では一定以上の空間のコントロールがある必要なんでしょう。(次回「議論を始めることに意味がある」に続く)

エアランゲンの中心市街地にて。

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エアランゲン市にフォーカスして、「都市の質」を検討しました