エアランゲン市アーカイブ前館長 アンドレアス・ヤコブ博士に聞く

人口12万人の町のアーカイブには書架6キロ分の歴史資料が保存されている。

市の投資と歴史の伝達


アンドレアス・ヤコブ
歴史家・アーキビスト。エアランゲン大学で歴史と考古学を学び、1993年に博士号を取得。エアランゲン市の市立アーカイブには1984年から研究員として勤務。2007年から館長を務め、今年退官。エアランゲンの歴史に関する多くの著書があり、2023年にはバイエルン科学アカデミー賞を受賞。1955年、ドイツ・ヴュルツブルク生まれ。

高松平藏:アーカイブは決して目立つ存在ではありませんが、市からどのような評価を受けていますか?予算面でのサポートはどのような状況でしょうか?

アンドレアス・ヤコブ博士:アーカイブには年間約10万ユーロの予算が割り当てられており、これは展覧会や書籍プロジェクトなどに使われます。人件費や書架への投資は別途行われています。現在のアーカイブ施設は2011年に新設されたもので、それ以前は市立ミュージアムのエリアにあり、保管環境に問題がありました。しかし、今日のアーカイブは広いスペースを持ち、市は本当に大きな投資をしてくれました。

高松:アーカイブでは、たびたび展覧会が開催されていますね。

ヤコブ博士:そうですね。アーカイブは大規模な事業を行うところではありませんが、エアランゲンの歴史を展覧会を通じてあらゆる市民に訴えかけることができます。また特に、学校との連携もある。アーカイブに来ない人たちには、私たちの方から、市内ツアー、講演、そして地元紙での執筆活動を通じて、市民が自分たちの歴史に触れる機会を作ります。そうすることで、歴史やアーカイブが市民に理解されるようになりました。


歴史を「良いもの、美しいもの」だけで語る危険性


高松:エアランゲンには長い歴史があり、さまざまな出来事があった。エアランゲンにとって、その歴史が持つ意味についてどのように考えていますか?

ヤコブ博士:私の世界観はこうです。世界は円盤のようなもので、エアランゲンはその中心に位置し、その中心から円周の端まで、ほんの数歩でつながっている。エアランゲンは17世紀の典型的な「計画都市」※であり、当時からヨーロッパや国際的に注目されていました。

※バロック様式の計画都市
エアランゲンは、ドイツで最も保存状態の良いバロック様式の計画都市の 1 つと考えられている。17世紀にバロック様式で再建された。碁盤の目状の街路パターンで作られていて、中心に宮殿を置き、対称的な広場や通りが配置されているのが特徴。

高松:エアランゲンは、個人的には好きな町です。しかし退屈な街だと思われることもあるとか。

ヤコブ博士:19世紀までは、幾何学的な都市計画により、エアランゲンはドイツで最も美しい都市のひとつと考えられていた。その後のロマン主義の時代が到来し、人々はローテンブルクやニュルンベルクなどの都市を「発見」し、エアランゲンは「時代遅れ」とみなされるようになりました。1920年代には、著名な美術史家がエアランゲンを「退屈な街」と評した。それが人々にとって重荷となりました。

高松:ナチス時代のような市の歴史における困難なテーマには、どのように取り組んでいますか?

ヤコブ博士:これは非常に重要なテーマです。例えば、ナチス時代に療養所や養護施設の患者905人が連れ去られ、ガス室で殺された事件に関する展覧会を企画しました。このテーマは多くの関心を集め、大成功を収めました。これをきっかけにエアランゲン大学の医学史・倫理研究所との共同プロジェクトが立ち上がりました。市営アーカイブは当時の出来事の調査に携わっています。

療養所や養護施設の患者はガス室へバスで送られた。その史実のためのモニュメントが2024年2月に市街中心地に作られた。(撮影:高松平藏)

高松:ドイツの通り名には著名人の名前をつけることが多い。戦時中は「アドルフ・ヒットラー通り」がどの町でもあった。現在はその名称は取り消されていますが、物議を醸す可能性のある通り名が残っていると聞きます。

ヤコブ博士:道路標識は、歴史を伝える最も簡便な方法です。私たちの目標は、例えばアプリや両面表示の標識などを用いて、そのストーリーを説明できるようにすることです。過去に命名された理由を単に消去するのではなく、その背景を理解することが大切です。人間は複雑で、純粋な「悪魔/天使」はいません。過去に命名された理由を安易に消去すれば、「歴史は良いもの、美しいもの」だけになる危険性がある。


未来のために「町の断面」を保存する


高松:行政書類も収集保存していますが、何を残すかもアーキビストの仕事。市の歴史の保存と伝達においてどのような役割を果たしていますか?

ヤコブ博士:アーキビストの仕事は歴史を文脈に位置づけること。私たちは、現代の通常業務を行なっている行政職員とは異なる観点を持っています。後世の人が、町に対して、どんな問いを持つかわからない。だからこそ現在のエアランゲンの断面を示すと思われるものを保存します。

アーカイブを紹介する「ツアー」この一番先頭に、ヤコブ博士がいる。(2024年3月3日 撮影:高松平藏 )

高松:市民はどのようにアーカイブを利用できますか?

ヤコブ博士:アーカイブの利用は憲法で保障されている。それは外国の市民であっても可能です。例えばオーストラリアやアメリカから問い合わせを受けたこともある。閲覧室で原本に触れることもできます。何世紀も前の文書を実際に手に取ってみると、特別な感動がありますよ。

高松:ドイツでは地方紙が主流ですが、エアランゲンの新聞についてはどうですか?

ヤコブ博士:我々は、エアランゲンの新聞をすべて所蔵している世界で唯一のアーカイブです。エアランゲンは大学都市である以前に新聞都市としての歴史が古く、1741年まで遡る新聞を収めています。

高松:新聞社やジャーナリストたちもよく利用していますか?

ヤコブ博士:そうですね。アーカイブはジャーナリストの皆さんからよく利用されています。彼らは私に電話をかけてきたり、市の歴史に関するトピックについてゲスト記事の執筆を依頼してきます。私たちは、そのトピックに関連する写真を提供することもできます。そして、ほら、今も目の前にジャーナリスト(の高松さん)がいるでしょう。(笑)


取材を終えて:アーカイブは自治体の「背骨」を作る

自治体の独自性は、その歴史によって形成される。歴史は独自性の背骨であり、それを支えるのがアーカイブであり、一次資料を収集・保管し、公開することで歴史を「公共財」として共有する役割を担う。

ドイツは「記憶」の世界チャンピョンと言われることがある。「記憶」をモニュメントや展覧会、出版活動を通じて歴史を常に振り返り、現代にも通じる問題の議論を喚起し、未来へと繋げていく。この取り組みは地方自治体でも同様で、アーカイブはその基盤として重要なインフラとなっている。

ただし、適切な保管場所の確保やデジタル化など課題も多く、ヤコブ博士のような求心力のある人物の存在は重要だ。同氏は、町の歴史に関心がある市民にとって「スター・アーキビスト」とも言える存在だ。(高松 平藏)

アンドレアス・ヤコブ博士(右)と高松 平藏 (左)

高松平藏 著書紹介(詳しくはこちら
歴史と文化は「都市の質」を作る


執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリストで当サイトの主宰者。 著書に「ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか」など。
2020年には「ドイツのスポーツ都市 健康に暮らせるまちのつくり方」 (学芸出版 3月)、「ドイツの学校には なぜ『部活』がないのか 非体育会系スポーツが生み出