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宮本:そうかもしれませんね。しかし、日本で(欧州的な)「連帯」という言葉自体がありません。

高松:「連帯責任」とか「連帯保証人」など、ちょっとおっかない意味のものはあるんですけどね(笑)。ところで以前、柔道の山下泰裕さんが理事長をされていた「NPO法人柔道教育ソリダリティー」というものがあった(2006〜19年)。リサイクル柔道着の寄付など、柔道普及と国際貢献を目的にした、まさに「ソリダリティー(連帯)」の団体なんです。国外向け、特に西欧では一発で活動趣旨が伝わる名前ですが、国内ではピンときにくかったのではないでしょうか。

宮本:なるほど。輸入言語ということになりますが、私たちはむしろ「ソリダリティー」という片仮名で使った方がいいのかもしれません。

高松:そういう発想もあっていいかもしれませんね。

宮本:確かにおっしゃったような、絆に半強制的な部分があるんだとしたら、本当の意味での人のつながり、助け合いについては、別の言葉で再定義したほうがいいかもしれないですね。


自分たちで進めない、という日本の問題


高松:パリを拠点に、8ヶ月欧州に滞在されていたわけですが、日本の見え方は変わりましたか?

宮本:海外のほうが、物価が高いということは聞いていましたが、驚きました。でも、購買力平価を勘案した賃金は日本と海外ではそんなに変わらないんです。しかし、欧州に来ている日本人は、日本の賃金水準では生活ができない。本当に日本って貧しい国になったのだと実感しました。今はまだ、国力があり高度な産業がありますどが、このままいくと、海外から見向きもされなくなる。

高松:本当、そうですね。そして円安の大変さは私もドイツで痛感しています。

宮本:最近、多くの外国の方が日本へ行きたがっています。それは日本文化の魅力も一つの要因ですが、円安も理由として大きいでしょう。かつて、強い円を背景に、日本人は東南アジアなどへ出向き、美味しいものを食べたり、これまで見れなかったものを見に行った時期があります。今は日本がそういう状況に近づいているようで、このままではまずいと思っています。

「自由・平等・兄弟愛(連帯)」、2018年に行われたデモクラシープログラム。ドイツ・エアランゲン市内の学校の校舎の壁に描かれた。

高松:同感です。

宮本:日本で一番欠けているのは、自分たち物事を決めて進むってことができないこと。必ず忖度をして、一つのできない理由を見つけ出して、物事が進まない。

高松:はい。

宮本:いろんな国々を見るとね、例えば移民の問題なんかもを克服しているわけです。日本は摩擦が生じないようにしようという力が働く。外国人労働者の受け入れが限定的で、中途半端に受け入れている。だから、来た人は苦労して、住んでいる地域との共生できていない。また人権が守られているかという点でも疑問がある。

高松:さまざまな課題への対応する力が問われていると。

宮本:世の中を変えようとすると、必ず弊害は出ます。その時、押し進めるのか、できない理由をひとつあげて止まるのか。日本は後者で停滞しがちです。今日、ITの技術革新などがあり、目まぐるしく変わる。世界情勢も混沌としています。その中で、もちろん助け合いや、人の意見を聞くことも大事で、議論して進めていく必要がある。しかしながら、最後は決めるべき人が責任を伴う決断を行い推進していく。そういう「当たり前」のことを当たり前に進めていける社会の仕組みが本当に必要ではないか、と私は思っています。


「ダイナミズムの保障」がこれからの国家の役割


高松:社会には安定性とダイナミズムの両立が大切です。安定性というのは、誰でも自由に振る舞えるとか、誰かが困った時に連帯という助け合いがあることで得られる安心感などがそうです。ダイナミズムとは課題に対して取り組む力ですね。個々人が自由意思で参加するデモクラシーはそのための手法です。先ほどの宮本さんの指摘を言い換えると、日本は治安の良さなどの安定性がある程度あるにせよ、ダイナミズムはない状態ですね。

宮本:そうですね。で、日本はこれだけ借金があるなかで、給付金などを給付ってしいますが、結局は子や孫にツケを残す形です。「それは良くない」と思っている個々人も多いはずですが、マスになると、みんなで赤信号渡れば怖くないという状況になってしまう。自分の社会における役割をしっかり考えながら、自分で判断していく。具体的には会社であっても役所であってもそうですし、NPOとかボランティア団体も自分たちで決められる範囲では、どんどん自分たちで進められる社会の構造を作っていくことが大事だと思います。

高松:ヨーロッパでも様々な問題は当然ある。しかし、「自分たちで社会を変えていくことができている」、という前提で話を進めると、その大きな理由を二つ挙げられると思うんです。

宮本:なんでしょう?

高松:ひとつは、宮本さんがおっしゃった「自分で判断していくべき」という部分。欧州の個人は「理性で自己決定する私」というメンタリティがベースで、同時にそれを受け入れる環境があるということですね。

宮本:なるほど。

高松:もう一つが歴史的に見ると、19世紀の工業化の経験が大きい。工業化ってこれまでどこにもなかった現象で、中世の状態からガラリと変わった。初期の頃は児童労働なんてのも平気でやっていたでしょ。あるいは機械に合わせた労働条件なので、工場の巨大装置の横で働いている女性が出産するなんてこともあったそうです。今日から見ると、とんでもないことがたくさんあって、こういうことをね、欧州の人たちは自力で解決してきた。こんな歴史的経験も社会のダイナミズムにつながっているように思います。

宮本:日本はその経験に基づく実践が無いわけですね。

高松:今日、誰もがアイデア出し合い、実行し、連帯することが原則となってくる局面に入っていると思います。その中には矛盾や決着のつかない議論もたくさんあるわけで、だからこそ「ダイナミズムの保障」みたいなことが国家とか自治体の役割のように思えます。

宮本:そうですね。「安定性」と「ダイナミズム」を前提にしながら、社会のあり方を議論することが大切ですね。(了)


今日、世界的にデモクラシーが後退気味で、国家経済ナショナリズムのような一面を見せている。そして、移民や難民の移動があり、工業国は労働力の争奪戦のような状態に入っている。

そんな中で、日本は社会のダイナミズムが著しく低下しているように思える。宮本さんは首長経験を通じて、その現実を目の当たりにされた形だ。

一方、欧州も問題だらけだ。しかし、私自身は欧州には社会のダイナミズムがあると感じる。その違いは、自由や平等、民主主義といった価値観を基に「どのような社会をデザインすべきか」が明確に示されているからだと思う。そんな欧州の「社会の肌触り」に触れながら、調査研究を進められた宮本さん。その成果をぜひ拝読したいと思う。(高松 平藏 )

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対談:宮本和宏×高松平藏 日本の元市長が見たヨーロッパ
上:快適な自転車道が作れるパリの本当の理由
中:なるほど、これが「ボランティア」が成り立つ欧州の背景
下:欧州の深いところから、日本の危機の原因を考える


高松平藏 著書紹介(詳しくはこちら
ドイツの地方都市の質はどのようにして作られているのか?
エアランゲン市をくまなく取材し、書いています。