コミュニティを強くする機会としての祭り

日本からは見えないビール祭りの価値とは何か?

筆者が住むドイツのエアランゲン市(バイエルン州 人口12万人)では毎年12日間にわたるビール祭り「ベルクキルヒヴァイ」が開催される。今年も5月16日から27日にかけて行われた。毎年100万人以上の人が訪れる。この祭りは単なるイベントではない。


このビール祭りは歴史は1755年にまで遡り、ミュンヘンの「オクトーバーフェスト」よりも古い。

当時の市参事会が旧市街で行われていた市場を市内北部の小高い丘に移すことを決定したのがきっかけだった。それで名前に「ベルク(丘)」がついており、「ベルク」や「ベルヒェ」と地元では呼ばれている。この丘には古くから醸造所の岩窟があり、ビール文化の中心地として最適な場所だった。


スポーツクラブに政党、非営利法人、あらゆる組織が集まる


このビール祭りでは、会場内に複数のビアガーデンがあり、観覧車などの「移動遊園地」も多く充実している。そして規模も大きく、来場者も多いが、いわゆる「オーバーツーリズム」のような雰囲気にはならない。これは地域のオープンな社交の機会としての側面がしっかりあるからだろう。

その象徴的なことは、期間中にスポーツクラブやその他の非営利組織、政党、職業別、経済団体、任意のグループなどが集まることである。つまり地域コミュニティの中の「ゆるい繋がり」ができ、そしてゆるかった繋がりは深まりを増す。ただの「飲み会」を超えた会話や交流が生まれ、社会的なネットワークが広がるのだ。

もちろんプライベートで友人と誘い合って来る人、家族やエアランゲンにゆかりのある人、そして同市周辺からもやってくる。その結果、エアランゲン周辺地域を指す「フランケン地方」の祭りであり続けている。

ビール祭りに向かう人々。ムスリムの女性も向かっている。

残念な出来事と迅速かつ明確な対応


今年は残念なことが起こった。昨今ドイツでも極右勢力が増加しているが、会場内の一つのビアガーデンで二人の20代の若者が、イタリアのヒットソングの歌詞をもじり、外国人排斥のスローガンを叫んだのだ。ビアガーデンのオーナーが迅速な対応を行い、会場内のセキュリティと警察が即座に行動し、この二人を排除。これを受けて市長のフロリアン・ヤニック博士も「ここには人種差別の居場所はない」と強調した。

ここで再びビール祭りの歴史を振り返る。17世紀にフランスからのプロテスタント系のユグノーが宗教難民としてエアランゲンにやってきた。受け入れは当時のエアランゲンの持ち主だった貴族の決定だが、経済的なものと人道的な理由が動機だった。ともあれ、融和にはかなり時間が必要だったが、ビール祭りはそのために一役買ったと見られる。それだけに外国人排斥を叫んだ若者の行為は社会的に許されるものではなく、その上、オープンな祭りの精神に反する。

日本ではドイツのビール祭りを単なるイベントと捉えがちだ。しかし、エアランゲンの人々にとって重要な社交の機会であるのがわかる。(了)


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ドイツの地方都市は経済・社会・環境の結晶性の高さが魅力。「ビール祭り」もその一つの要素だ


執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリストで当サイトの主宰者。 著書に「ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか」など。
2020年には「ドイツのスポーツ都市 健康に暮らせるまちのつくり方」 (学芸出版 3月)、「ドイツの学校には なぜ『部活』がないのか 非体育会系スポーツが生み出す文