ルーマニアの第2の都市、クルジュ・ナポカ(人口約32万人)を訪ねる機会があった。この都市の中心市街地には歩行者ゾーンがあるが、EUとルーマニアの離れがたい関係の象徴に見えた。
2023年1月18日 高松 平藏(ドイツ在住ジャーナリスト)
中世・社会主義・市場経済の「層」がある都市
この都市はローマ時代が起源。市街中心地へ向かうと、中世の建築物が並ぶ「美しい欧州都市」の姿がある。さらにそこには歩行者ゾーンがあった。
歴史ある都市だが、ルーマニアそのものは第二次世界大戦後に社会主義国になる。ニコラエ・チャウシェスク大統領が銃殺される1989年まで続いた(ルーマニア革命)。社会主義から自由経済への移行は容易ではなかった。
今日、東欧は人件費の安さから製造拠点となる傾向がある。ルーマニアも例外ではなく、自動車産業は大きな雇用を生んでいる。
さてクルジュ・ナポカを見ると、中心市街地から離れるにつれ、社会主義時代に作られたと思われる建物が今もたくさん残っているが、その中にドイツのスーパーマーケットが見られるといった具合だ。おおざっぱにいえば中世・社会主義・市場経済の「層」が同居している。
歩行者ゾーンとはEUの価値観を象徴している
そんな都市の中心市街地の歩行者ゾーンは、2010年から整備がはじまった。資金の大部分をEUから調達している。
ドイツにおける歩行者ゾーンを見ると、「都市アイデンティティの象徴」「余暇・文化の集積地」「消費地」である。そしてデモなどが行われることで「公共の言論空間化」が起こる。したがって、アクセスのしやすさ、訪問者の行動の選択肢の多さ、滞在の質が追求される。
言い換えるならば、市場経済と言論の自由、そして高度な「生活の質」を実現する公園のような空間なのだ。これはまさに「EU」の価値観だ。
EUとルーマニアの「相思相愛」を表している?
ルーマニアはそんなEUの一員になりたがっていた。2007年に加盟でき、2019年にはEUの議長国(半年間)も務めた。残念ながら2023年からのシェンゲン協定参加(※)については否決されたが、今後も「EU加盟国」として発展していくだろう。
一方EUは開発が遅れている「不利な地域」への投資も行っている。言い換えれば、EU加盟国全体が経済力のみならず、人種差別などのない、人間の尊厳が守られ、そしてデモクラシーといった共通価値を社会の中に実現することを進めている。
うがった見方をすると、ルーマニアは「EU標準」に沿って発展したい。EU側も発展してほしいという「相思相愛」の関係があるのではないか。乱暴にいえば、生活の質を高めるとはいえ、「経済発展になくても良い歩行者ゾーン」の開発はその象徴に見えた。(了)
※国境検査なしで欧州の国家間の国境を越えることを許可する協定
経済状況についてはドイツ商工会議所、クルジュ=ナポカの都市開発についてはドイツ連邦建築・地域計画局の資料を主に参照した。
著書紹介(詳しくはこちら)
歩けるまちづくりとは?
執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリストで当サイトの主宰者。 著書に「ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか」など。
2020年には「ドイツのスポーツ都市 健康に暮らせるまちのつくり方」 (学芸出版 3月)、「ドイツの学校には なぜ『部活』がないのか 非体育会系スポーツが生み出す文化、コミュニティ、そして豊かな時間」(晃洋書房 11月)を出版。一時帰国では講演・講義、またドイツでも研修プログラム「インターローカルスクール」を主宰している。プロフィール詳細はこちら。