書籍「SDGsと人権 Q&A」の書評ということになっているが、ここで書きたいことは、「この本はいいぞ、ぜひご一読を」ということに尽きる。その理由を書いていく。
2022年4月13日 文・高松平藏(ドイツ在住ジャーナリスト)
「お祭り言葉」になっている日本のSDGs
アルファベットの羅列”SDGs”を初めて見たとき、読み方がまずわからなかった。日本の研究者の友人が触れているのを聞くようになり、SDGsは世界レベルの問題で「持続可能な開発目標」の略と知った。ほどなくしてタレントのピコ太郎氏が外務省のYotubeチャンネルでSDGsをアピール(2017年)。これには驚いた。
SDGsの意味はわかったが、日本での扱いを見た時に違和感もあった。それは中核にある概念を確認・理解せず、「雰囲気」で広がっているように見えたからだ。
かつて、哲学者の鶴見俊輔氏は、言葉の意味がわからずとも、ただそれを言っておけば、権力者によって正統とされる価値体系からはずれることのない言葉を「お守り言葉」と表した。日本でのSDGsはそれに近いように見える。
今日ではSNSなどの普及で、ネット上での大量の連呼がおこるのを見ると、言葉を神輿にのせて「わっしょい、わっしょい」と勢いにまかせて、祭りが終わるまで大勢で叫び続ける「お祭り言葉」になっているといってもよい。
持続可能性とは「近代」のひとつの到達点だ
ドイツに目を転じると、持続可能性とは近代の到達点として理解ができる。私の「ドイツ理解」の体験から考えてみる。
私はジャーナリストなので、ドイツで活動を始めたときも、まず地域社会にある個別の事象を見た。分野は経済から政治、文化、スポーツ、市民活動など多岐にわたるが、各取り組みに対して取材し、さらに文献調査・参与観察を続けていると、何か共通の価値観でものごとが動き、デザインされているのが見えてくる。そのひとつが人権や人間の尊厳だった。これらの言葉は憲法に相当する「基本法」にも明記されている。
それから、ドイツで一般の人はSDGsという言葉はまず知らない。しかし「持続可能性」という言葉定着している。とりわけ私がテーマとしている地方都市の発展という視点からいえば、ベースに「都市の文化・価値観・アイデンティティ」を明確におき、その上部で経済・環境・社会の三角形バランスをとることが持続可能な地方の都市発展だ。
そして三角形の中心にくるのが「人権」や「人間の尊厳」である。これは労働問題や公衆衛生など都市で起こった諸問題を解決してきた近代以降、19世紀からの歴史を見るとよくわかる。
ここで書籍「SDGsと人権 Q&A」をもとに、言葉の整理をしておく。
「尊厳」は人権の源泉(p. 22)人権とは人間が合意して作り出してきた基準であり、ある種のルール(p. 24)である
ドイツの近代社会を見ると、これらをもとにデザインされているのだ。言い換えれば、人権が基準になった社会を「近代」といってもよいだろう。
そして人権の考え方そのものを発展させながら、近代化をさらに展開し、到達したのが「持続可能性」であり、それを世界全体の目標にする動きがSDGsである(再帰的近代化)。そのように捉えることもできると思う。
いよいよ、この本を勧める理由を述べる
この本を勧める理由を最後に書く。日本にはSDGsをもとに学習を重ねる方、真摯な議論をしている方もいらっしゃる。しかし私から見ると、SDGsに関連して日本には次の問題がある。「未熟な近代」「共通言語(理解)の不在」の2点である。
1.未熟な近代:
日本国憲法にも「人権」「個人の尊厳」※の言葉は見られる。しかしドイツと対比すると普遍的かつ重要な価値として、積極的に社会全般の基本には組み込まれていない。「未熟な近代」と言える。
2.共通言語(理解)の不在:
日本の行政、NPO、企業でもSDGsへの関心は高いが、各分野での理解が違いすぎ、議論が難しいと聞く。分野によって重点や解釈が異なるのもわかるが、「人権」「人間の尊厳」がSDGsの中核を成す概念になっていることを知ると、それが最低限の共通言語(理解)になるはずだ。
※「人間の尊厳」と「個人の尊厳」の違いもきちんと整理せねばならないが、別の機会にゆずる。
書籍「SDGsと人権 Q&A」 を丁寧に読んでいくと、上記の2つの問題はあっと言う間に解決・・・はしない。しかし同書は「人権」「人間の尊厳」がなぜSDGsと関係があるのか。その関係はどこから来たのか。その限界は何か。そのようなことを、かなり丁寧に書いている。
SDGsのバッジをつけるのも良いが、その前にぜひこの本をよく読むことを強くおすすめする。(了)
高松平藏の著書紹介(詳しくはこちら)
ドイツでSDGsはほぼ見ることがない。しかし持続可能性は定着している。そんな国の自治体とは?
執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリストで当サイトの主宰者。 著書に「ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか」など。
2020年には「ドイツのスポーツ都市 健康に暮らせるまちのつくり方」 (学芸出版 3月)、「ドイツの学校には なぜ『部活』がないのか 非体育会系スポーツが生み出す文化、コミュニティ、そして豊かな時間」(晃洋書房 11月)を出版。一時帰国では講演・講義、またドイツでも研修プログラム「インターローカルスクール」を主宰している。プロフィール詳細はこちら。