今年6月に続いて、津田塾大学でスポーツについての対談の機会をいただいた。オリンピックを倫理の問題として考えるところから出発した対談だが、世界から見たオリンピック、開催国の日本の問題を「大仏」にたとえると2つの論点が見えた。

2021年12月22日 文・高松平藏(ドイツ在住ジャーナリスト)


オリンピックには魂があった


上から マーヤ・ソリドーワルさん(津田塾大准教授) 、 有山篤利さん(追手門学院大教授) 、高松平藏。

今年の6月に引き続き、有山篤利さん(追手門学院大教授)と対談。この機会を作ってくださり、司会進行してくださったのがマーヤ・ソリドーワルさん(津田塾大准教授)である。

東京オリンピックには周知のように様々な問題が生じた。IOC(国際オリンピック委員会)のトーマス・バッハ会長の言動などは代表的なものだろう。また、コロナ禍のなか、参加したくともできない国があるため、不公平が生じるといった倫理的な部分でも疑問を覚えることが出てきた。

では、オリンピックに魂(哲学)はないのか?オリンピック憲章を見てみると、しっかりと「魂」はある。(最後半に根本原則全文あり)


「魂」は巨大化した仏像を制御できない


憲章の根本原則 には「人間の尊厳」をはじめ、欧州で何度も確認される倫理を示す言葉がならんでいる。しかし、この「魂」をいれる「仏」が大きすぎると、政治や経済の影響が強すぎる。これが、世界からみた現在のオリンピックの現状であろう。

こういう私の発言を受けて有山さんは「小さな仏さんだと、心を込めて魂とともに作れるが、奈良の大仏ほど大きくなると、お金もかかるし、政治とも切り離せない」と上手く表現してくださった。

裏を返せば、カネ・政治と関連しながら、「魂」に沿った運営という観点から検討する必要があるのだろう。これが1つ目の論点である。


日本の「台座」には問題がある


「大仏さん」の比喩に沿っていえば、巨大仏像を乗せる台座は開催国が用意せねばならないということになる。

そこで、ひとつの齟齬が生じるのが「スポーツ」の捉え方だ。これが2つ目の論点である。

ドイツの地域で取材したり、参与観察のようなかたちで見ていくと、ドイツのスポーツはオリンピック憲章にかかれたような倫理的な価値に基づいて展開されている。

スポーツクラブなどはその代表格で、スポーツを軸にしたコミュニティである。私の言葉でいえば「スポーツは社会の一部であり、社会を作るエンジン」ということになる。ユネスコはクラブのこの文化を無形文化遺産として登録したほどである。

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選手にとって「オリンピックが全て」になる理由

しかし日本のスポーツは勝利至上主義に代表されるように、社会との関連付けが希薄だ。例えば「日本で『アスリートファースト』という言葉も、言い換えれば、選手はスポーツだけしていればよい」(有山さん)という意味合いが強い。

つまり、大仏さん(オリンピック)の台座を作ろうといったとき、大前提になる「スポーツ」の捉え方(魂)がどうも違うのである。そして、これは現在の日本のスポーツの議論でもある。

この部分は今回も様々な視点からの意見を述べ合うことができた。特にソリドーワルさんはドイツ出身で、日本での武道体験も豊富だ。ちょうど私と反対の形で、外国人として日本社会をご覧になっており、面白い組み合わせになっている。企画されたソリドーワルさんのキャスティングの妙が光っていると思う。

参加された学生さんは150人以上。時間的に答えることができなかった質問もたくさんあり、申し訳ないことになった。ともあれ、私にとっても刺激的な時間だった。(了)

オリンピズムの根本原則

  1. オリンピズムは肉体と意志と精神のすべての資質を高め、 バランスよく結合させる生き方の哲学である。 オリンピズムはスポーツを文化、 教育と融合させ、 生き方の創造を探求するもの である。 その生き方は努力する喜び、 良い模範であることの教育的価値、 社会的な責任、 さらに普遍的で根本的な倫理規範の尊重を基盤とする。
  2. オリンピズムの目的は、 人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会の推進を目指すために、 人類の調和のとれた発展にスポーツを役立てることである。
  3. オリンピック ・ ムーブメントは、 オリンピズムの価値に鼓舞された個人と団体による、 協調の 取れた組織的、 普遍的、 恒久的活動である。 その活動を推し進めるのは最高機関の IOC である。 活動は 5 大陸にまたがり、 偉大なスポーツの祭典、 オリンピック競技大会に世界中 の選手を集めるとき、 頂点に達する。 そのシンボルは 5 つの結び合う輪である。
  4. スポーツをすることは人権の 1 つである。 すべての個人はいかなる種類の差別も受けること なく、オリンピック精神に基づき、スポーツをする機会を与えられなければならない。 オリンピッ ク精神においては友情、 連帯、 フェアプレーの精神とともに相互理解が求められる。
  5. オリンピック ・ ムーブメントにおけるスポーツ団体は、 スポーツが社会の枠組みの中で営まれ ることを理解し、 政治的に中立でなければならない。 スポーツ団体は自律の権利と義務を持 つ。 自律には競技規則を自由に定め管理すること、 自身の組織の構成とガバナンスについ て決定すること、 外部からのいかなる影響も受けずに選挙を実施する権利、 および良好な ガバナンスの原則を確実に適用する責任が含まれる。
  6. このオリンピック憲章の定める権利および自由は人種、肌の色、性別、性的指向、言語、宗教、 政治的またはその他の意見、 国あるいは社会的な出身、 財産、 出自やその他の身分など の理由による、 いかなる種類の差別も受けることなく、 確実に享受されなければならない。
  7. オリンピック ・ ムーブメントの一員となるには、 オリンピック憲章の遵守および IOC による承認 が必要である。

(太文字は筆者によるもの)


著書紹介(詳しくはこちら
「スポーツは社会の一部であり、社会を作るエンジン」、その理由をたっぷり書きました。

都市の魅力を高めるスポーツ
スポーツは地域のコミュニティを作る

執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリストで当サイトの主宰者。 著書に「ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか」など。
2020年には「ドイツのスポーツ都市 健康に暮らせるまちのつくり方」 (学芸出版 3月)、「ドイツの学校には なぜ『部活』がないのか 非体育会系スポーツが生み出す文化、コミュニティ、そして豊かな時間」(晃洋書房 11月)を出版。一時帰国では講演・講義、またドイツでも研修プログラム「インターローカルスクール」を主宰している。プロフィール詳細はこちら。また講演や原稿依頼等はこちらを御覧ください。