世界に伍する一流の地方都市にするには?

公開日 2021年9月14日

長電話対談
国定勇人(前三条市長)
× 
高松平藏(ドイツ在住ジャーナリスト)

ドイツの地方都市の発展を見ていると、市長の役割もかなり大きい。では日本ではどうなのだろう?2020年に現職を退き、「日々の地方のリアリティ」から少し距離を取れる状況になった前三条市の市長、国定勇人さんと地方自治体における首長の役割について話した。 第5回目は「一流の地方都市」の条件とは何かを考える。(対談日 2021年4月12日)

※対談当時の状況をもとにすすめています。

全6回 長電話対談 国定勇人×高松平藏
■町は首長次第で本当に変わるのか?■
第1回 志ある市民10人と 町を俯瞰する市長
第2回 市長は大統領よりも力がある
第3回 日本の公務員がジェネラリスト指向である理由
第4回 地方における公共性と個人主義について考えた
▶︎第5回 世界に伍する一流の地方都市にするには?
第6回 文化政策で地方都市を磨け
目次


「ものづくりの町」に集中した理由


高松:三条市の市長在職中は「ものづくり」に焦点をあわせた展開が目に付きました。その背景を教えてください。

国定:まず、地方都市がどうやって生きて行くのかといえば、アイデンティティに磨きをかけ続けるしか結果的には方法がないのではないかと思っています。

国定 勇人(くにさだ いさと)
2003年に総務省から新潟県三条市に出向。2006年に一旦総務省に戻るが、三条市長選に立候補し、当選。2020年9月に辞職。現在、衆院選立候補に向けて準備中。1972年東京都千代田区神田神保町生まれ。
オフィシャルブログ:この地に尽くす!〜国定勇人(くにさだいさと)の日記〜

高松:ドイツの地方を見ても、都市のアイデンティティは重要とされています。

国定:アイデンティティを見出し、それに磨きをかける方向は「こっちなんだ」って指で指し示して全力で向かっていくのが首長。少なくとも指を指しながら、自らそこのゴールに向かって邁進する姿勢を見せるのが一番の仕事なんだと思います。

高松:なるほど。それが「ものづくり」だった。

高松 平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリストで当サイトの主宰者。「地方都市の発展」がテーマ。著書に「ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか」など。
昨年は次の2冊を出版。「ドイツのスポーツ都市 健康に暮らせるまちのつくり方」 (2020年3月)、「ドイツの学校には なぜ 『部活』 がないのか」(2020年11月)。前者はスポーツ・健康の観点からみた都市計画や地域経済、行政・NPOの協力体制について。後者はドイツの日常的なコミュニティ「スポーツクラブ」が都市社会にどのように影響しているかについて書いている。1969年生まれ。プロフィール詳細はこちら


欧州見て、「日本の地方でもできる」と思うこと



グレーの点がドイツ国内の優れた中小企業「隠れたチャンピオン企業」の所在地(2014年4月20日付 Handelsblatt電子版をもとに高松作成)。さらにドイツのトップ企業30社(2019年)の本社所在地加えた。「小さな経済拠点地」が比較的散らばっているのがわかる。なお、「隠れたチャンピオン企業」を参照して、経産省がニッチ分野での世界市場でのトップ企業を示す指標「グローバルニッチトップ 」を考案している。

高松:国の繁栄とは、地方の繁栄の集まり」そういう構造が望ましいと思うのですが、グローバルの中で、地方はどうしていくべきか検討していきたいと思います。

国定:大きな歴史観で見ると、日本は明治維新以降の僅か150年ぐらいが、とてもいびつな時代であり、それ以前は地方分権型で極めてヨーロッパ型だったと思います。

高松:この150年の検討は私もとても重要だと思いますね。

国定:我々が「欧米」って言うと、なんとなく「白人の欧米」と見ると思うんですけど、実際はアメリカを指すことが多いです。日本は資源も無い島国ですが、歴史はあります。しかし、歴史の中で育まれた長所が、米国偏重で奪い去られ、短所ばかりを顕在化させてしまったように思います。

高松:なるほど。

国定:150年前に外圧がなくて、もしそのまま歴史を重ねてきたら、かつての地方分権的な歩みがあったのではないかと想像します。おそらくアメリカ的ではなく、寧ろヨーロッパ型に近い形で。産業政策から考えると特にそう思うのです。

高松:とういうと?

国定:世界に冠たる企業、その世界中の誰もが知っている企業の本社が人口1000人から数万人の地方都市にある。これを数年前に聞いたときは衝撃的でした。「すげえ」って思いました。

高松:そうですね。ドイツの自治体じたい人口規模の小さなところが多いのですが、地図を見ると、さらに「隠れたチャンピオン」という指標に基づいた力のある中小企業が国内各地ひしめきあっています。(上記地図参照)

国定:傾向的にいえば、日本はやはり東京や大阪に大手企業が集中しているように見えます。しかし、欧州の様子を見ると、三条市、いや日本の地方都市でもできると思うんです。大切なのは、その都市にあるものを世界的視野に立った戦略で伸ばすことでしょう。


市内の鍛冶職人の製品9割が欧州向け


高松:三条市は金属加工を中心としたものづくりに焦点をあて、国外へのアピールもしています。

国定:一人親方のような鍛冶職人さんが結構いらっしゃるのですが、私が市長に就任したころ、「後継者不足で大変だ」と言っていました。しかし現在、市内の鍛冶職人さんによる製品の90%はヨーロッパで売られています。

高松:大きな変化ですね。

三条市内のマンホールのふた。「ものづくりの町」という雰囲気がよく表されたデザイン。(撮影=高松 平藏 )


国定:彼らはね、もはや日本を向いてないです。国内では日本の鍛冶技術を過小評価する傾向があり、値段を買い叩かれる。それに対してヨーロッパ側では「日本のモノはすごい!」と、その価値に合わせて高く買ってくれます。

高松:何年か前になりますが、ドイツでも日本の包丁の存在感がぐっと高まった時期がありました。

国定:ロンドンで企画展を開催した時、その現地の責任者に三条のカミソリをプレゼントしたことがあります。その後、再会した時に「あのカミソリはどうですか?」と尋ねたところ、ニッと笑ってスーツの内ポケットから出したのです。

高松:なんと、持ち歩いている。

国定:そうです。見せびらかしているそうです。(笑)それで、そのあとは家に飾るとか。彼らからすると美術品なのです。

高松:日本刀のような扱いですね。

国定:私達がヨーロッパの高級ブランドに憧れるのと通じる感覚なのかなと思いました。

高松:そうですね。

国定:しかし、ヨーロッパのみならず、アジアやアメリカの人々にとっても、憧れの対象になるような「日本」があるように思います。それを顕在化させる努力さえすれば、日本の地方は頑張れるのではないでしょうか。


地域産業の存在感高める「工場の祭典」


高松:外国の人々にとって憧れになるような「日本」を地方が顕在化させる。素晴らしい着想ですが、どのようにすればよいとお考えですか?

国定:三条市ですと、ものづくりの企業が多数あります。地域ブランドとしてブラッシュアップを図り、行政分野・社会分野に派生させていく。これで三条市を「世界に伍する地方都市」にすることができます。

燕三条 工場の祭典のウェブサイト。ピンクのストライプが象徴。サイト内の写真を見るとわかるが、期間中の工場などがストライプでデコレーションされる。


高松:その代表格が、一斉に開放された工場へ自由に訪問できる「燕三条 工場の祭典」ということになるでしょうか。アートフェスティバルを思わせるもので、これが「ものづくりの町」としての存在感を作っていくのでしょうね。国外でも高い評価を得ています。

国定:世界が日本の評価すべきところは本当に評価しています。しかし、これまで日本側の自信が無さ過ぎたような気がしますね。

高松:なるほど

国定:裏を返せば、欧州の地方の都市は、アイデンティティをブラッシュアップして世界に向かっています。日本の地方都市はアイデンティティを見つける作業にもまだ至っていません。

高松:それは、私の理解でいえば地方に文化政策がないからだと思います。次回、最後は文化政策について話をすすめていきましょう。(最終回につづく)

次回 最終回 文化政策で地方都市を磨け をお送りします

高松平藏 著書紹介(詳しくはこちら
地方の経済を文化政策的にドイツはどう磨いているのか?


全6回 長電話対談 国定勇人×高松平藏
■町は首長次第で本当に変わるのか?■
第1回 志ある市民10人と 町を俯瞰する市長
第2回 市長は大統領よりも力がある
第3回 日本の公務員がジェネラリスト指向である理由
第4回 地方における公共性と個人主義について考えた
▶︎第5回 世界に伍する一流の地方都市にするには?
第6回 文化政策で地方都市を磨け
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