コロナ禍で2020年11月から約6ヶ月、スポーツ活動が停止になった。その期間、ドイツ全国のスポーツクラブは運営に腐心。メンバーが辞めていくことも問題になった。そんな中、バイエルン州のスポーツクラブの柔道が子供たちの流出を食い止めるキャンペーンを行った。
雑誌「近代JUDO」(ベースボールマガジン社 2021年3月号)執筆分をタイトル変更、加筆
2021年6月15日 文・高松平藏(ドイツ在住ジャーナリスト)
コロナ禍でクラブ運営腐心
ドイツのスポーツ活動の中心はスポーツクラブだ。コロナの大規模な感染症は1年以上続いているなか、昨年秋以降、2度めの活動停止に見舞われた。
スポーツクラブはNPOのような非営利組織だが、その期間、運営に腐心。クラブ側は窮状について政治へ働きかけたり、寄付を呼びかけるなど「できること」を必死でやっていた。そして、「運営の危機」のひとつがメンバーが辞めていくことだった。
そんな中、昨年11月にバイエルン州オーバープファルツ区域のクラブの「柔道」が流出を食い止めるキャンペーン『私を覚えていて』を行った。その内容は子供たちから絵や作文などを募集。それに対して審査の上、3位まで計4人に柔道着などが贈られるというものだ。
この区域は複数市町村が集まったところで、合計人口が約110万人。仙台市程度の規模だ。域内には柔道を扱うクラブが38ある。そのうちの25、約700人の子供・若者たちがキャンペーンに参加。柔道着などを製造販売するドイツのダックス社もスポンサーとして名乗りをあげた。
運営に関わったライナー・ブリンクマンさん(ミュールハウゼン・スポーツクラブ 柔道部門長=写真)によると、区内のジュニアチーム、クラブの部門長らがキャンペーンの企画・運営を行った。
募集された絵は、冒頭の画像のようにコロナウィルス、マスク、そして柔道をモチーフにしたものが数多く見られた。また作文の端々から柔道のトレーニングが止まったことに対して触れられている。いくつか紹介する。
「幸いオンライントレーニングが利用可能になった。次の昇級試験のためにも準備したい」(男児)
「悲しかったが、居間で弟と練習、天気の良い日は庭でトランポリンを使って受け身をした」(8歳 男児)
「最初の昇級テストで初めて色のついた帯※を持てが、そのとたんトレーニングが中止。早く再開してほしい」(男児)
※ドイツの昇給制度は9級(白帯)から始まり、各級ごとに帯の色がついている。この男児は8級を取得。白に黄色が加わった帯を締めるはずだった。
クラブや柔道への「親しみ」を強くした
さて、気になるのはその効果だ。本稿を書いているのは、2021年3月末。キャンペーンが終わって、すでに約4ヶ月過ぎている。
「柔道のトレーニングは現在もできない。しかし『流出の波』は止まった。いくつかの例外を除き、区域内のクラブはメンバー数を維持。場合によっては新しい会員獲得にもつながったところもある」(ブリンクマンさん)。
スポーツクラブはただ試合に出たり、トレーニングをするというだけでない。
スポーツを軸にしたコミュニティだ。老若男女がメンバーだが、ドイツには日本のような部活がないため、子供たちもクラブでスポーツ活動を行う。
そこでカギになってくるのが、クラブと自分の精神的な距離の近さだ。
キャンペーンで募集したのは絵や作文という、手軽にできるもので、決して奇抜なものでもない。しかし思いのほか、自分が取り組んでいる競技や所属団体のことを視覚的に表現したり、言語化する機会は少ない。絵にしたり、文章で表現することでクラブや柔道に対する親しみを確認し、その気持を強める効果が出たかたちだ。
また地域社会という観点からいえばスポーツクラブは地域内の人々の「つながり」を強化し、社会そのものを豊かにする。この「公共善」に対して、3月にドイツ・ユネスコ委員は「スポーツクラブ文化」を文化遺産として登録し、クラブの危機に対して大きな「励まし」を送っている。(了)
著書紹介(詳しくはこちら)
「スポーツクラブ文化」について、たっぷり書きました。
執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリストで当サイトの主宰者。 著書に「ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか」など。
2020年には「ドイツのスポーツ都市 健康に暮らせるまちのつくり方」 (学芸出版 3月)、「ドイツの学校には なぜ『部活』がないのか 非体育会系スポーツが生み出す文化、コミュニティ、そして豊かな時間」(晃洋書房 11月)を出版。一時帰国では講演・講義、またドイツでも研修プログラム「インターローカルスクール」を主宰している。プロフィール詳細はこちら。また講演や原稿依頼等はこちらを御覧ください。