樹木をとても大切にするドイツの都市。人工空間としての都市に必要不可欠なものとして位置づけられ、都市の「生活の質」や経済拠点としてなくてはならないものであることが見えてくる。

「月刊 信用金庫] 2018年5月号寄稿分を加筆修正

2021年4月7日 文・高松平藏(ドイツ在住ジャーナリスト)


木を残して、歩道を改修


ドイツのまちの落ち着きは、建築物の高さ制限があり、電柱もなく、歴史的建造物の保護などによる景観がその理由だろう。

そして電柱のかわりに多いのが樹木だ。
筆者が住むエアランゲン市内の拙宅の近所の道路は、30キロ制限の道で、歩道も両側についている。ご多分にもれず樹木がけっこうあるが、根が育ちすぎて歩道をぐっと盛り上げてしまっているところがあった。

自分で歩ける人にとっては、どうってことのないものなのだが、ベビーカーや高齢者がよく用いる手押し車などにとっては障害だ。たいていは根っこが盛り上げた歩道を避けるように車道へおり、そしてもう一度歩道に戻る人がほとんど。手押し車の高齢者などは苦労されていたようだった。

赤の斜線部分が追加された歩道。それ以前、木の根が盛り上がったところがベビーカーや手押し車を押す高齢者などにとって通行しづらかった。木を残した対応は、「緑は社会的要素」という考えの表れか?


しかし、この小さな問題を、昨年秋に市が解決した。なんと、盛り上がった歩道を回避する歩道を追加したのだ。

それに対して、興味深いのが近所の高齢の男性と言葉を交わしたときだ。
「この歩行者道の追加でよくなりましたね」と声をかけたところ、「そもそも、こんなところに木を植えるから問題がおこる。しかも予算をかけて木を残した、まったくもってバカだ」と返ってきた。

考え方はいろいろあるものである。


緑は社会的要素だ


さて都市そのものは人間が人工的に作る空間である。
ドイツの都市の発達経緯を見ていると、「人工空間における緑は大切」という考えは古くからあった。それは、殺風景な部屋に花や観葉植物を意図的に置くような発想であろう。

1970年代ごろからは環境問題とも結びつく。ひいては緑が多い都市こそ、生活の質が高く、CO2排出も抑制し、都市そのものの魅力を高めるという価値付けがなされていった。

ときどき「自然と共生する日本」「自然をコントロールする西洋」というわかりやすい対比がされるが、都市づくりを見ると、ドイツのほうが結果的に、かなりの緑を配置しているように思える。そのせいか、エアランゲンを見ると、リスが木の上を走っていることだろう。野うさぎを見ることもある。同市の場合、胴回り80センチ以上の木を切る場合は、代わりの木の植樹を義務付け、緑化率にかなり気を遣っている。

もっとも、最近のドイツは開発により「緑」が侵食される傾向がある。古くて新しい問題がおこっているのだ。それに対して、緑を保護すべきという意見が市民や政治レベルから出て、地方紙も頻繁に取りあげる。

市街中心地、カフェや小売店が並ぶ。そして電柱ではなく樹木が植えられている。緑は「滞在の質」を高める大切な要素だ。(エアランゲン市)



またエアランゲンでも数年前から交通政策で大きな動きがあり、都市計画の責任者らが、頻繁に市民対話の機会を作っている。市民のアイデアをできるだけ政策に盛り込もうというわけだが、必ず出てくる論点が道路の樹木だ。

ひるがえって「自然をコントロールする西洋」という見方には、人間のエゴや、開発中心主義といった言葉を連想する人も多いのではないか。先述の高齢男性の意見もそれに近く、木を撤去するのが「正しい解決法」と考えたのだろう。しかし、回避歩道の追加という解決がなされたのを見ると、緑はもはや公共空間に必要な社会的要素として位置づけられているのがうかがえる。「万人のための自然」「都市の緑の肺」といった言葉も散見されるのもその証左だろう。


緑はなぜ地域経済に関連するのか?


また緑は都市の経済要素としても重要だ。
職住近接のドイツは社員=住民という傾向が強い。そのため企業拠点地の「生活の質」は社員にとっての福利厚生のような意味合いがある。

観光地にいたっては、都市全体が観光資源であると同時に生活の場だ。緑は観光経済を下支えするものでもあるわけだ。(了)


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執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
. ドイツ在住ジャーナリストで当サイトの主宰者。 著書に「ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか」など。
2020年には「ドイツのスポーツ都市 健康に暮らせるまちのつくり方」 (学芸出版 3月)、「ドイツの学校には なぜ『部活』がないのか 非体育会系スポーツが生み出す文化、コミュニティ、そして豊かな時間」(晃洋書房 11月)を出版。一時帰国では講演・講義、またドイツでも研修プログラム「インターローカルスクール」を主宰している。プロフィール詳細はこちら。また講演や原稿依頼等はこちらを御覧ください。.