今年10月、日本の学校で柔道部顧問が生徒に暴行する事件がおき、報道された。ドイツのメディアでも間髪をいれず報じられている。柔道は外国での愛好者も多く、日本に対して敬意を抱く人も多い。だが、「まずい実態」もドイツですこしづつ知られてきている。
雑誌「近代JUDO」(ベースボールマガジン社 2020年12月号)執筆分をタイトル変更、加筆修整
2020年12月23日 文・高松平藏(ドイツ在住ジャーナリスト)
日本の暴力事件、ドイツのニュースに
ドイツの柔道家の知人が、SNS上で「(あきれて書くべき)言葉がない」というコメントとともに、ある記事をシェアした。
それは、差し入れのアイスクリームを食べた柔道部員に対し、顧問が暴行したという日本の柔道暴力事件である。シェアされたドイツ語の記事の内容は次のようなものだ。
<この事件はアイスクリームを食べた2人の男子生徒を50歳の教諭が負傷させ逮捕された。目的は生徒を罰することであったが、一人は胸椎に重傷。もうひとりは首に軽傷を負った>
と、簡単に事件の概要を書いている。後半は日本柔道の「特徴」と問題についてだ。次のように説明している。
<日本の伝統的な武道・柔道で、トレーナーによる「過剰な力の使用」がまた出てきた。日本柔道の世界は軍事的な訓練方法で知られており、暴力的な罰の申し立てがある。過去数十年の間に100人以上の学校の柔道家が亡くなっている。
人権団体「ヒューマン ライツ ウォッチ」の最近の報告によると、柔道を含むスポーツにおける日本人の子供たちの間で、暴力が蔓延している。スポーツ活動中に殴られた、蹴られる、叩かれる。あるいは地面に投げられたり、物で攻撃されたりしたというものだ>
そして、
<来年オリンピック開催予定の日本ではメダル獲得のプレッシャーが非常に高く、生徒と親は厳しい罰について沈黙する。そして暴力を奮った指導者全てが罰せられていない>
と続く。
ドイツ在住という個人的立場でいえば非常に恥ずかしい報道である。が、それ以上にジャーナリストという立場からいえば気になる点がある。整理しておこう。
「日本はただの発祥国」とならないように
まず気になるのが、記事が書かれた媒体。高級紙「ディ・ヴェルト紙」のウェブサイトである。同紙はいわゆるエリート層の読者が多い。
次に記事掲載のスピードだ。
日経など大手新聞の10月12日付電子版でも確認できるが、その翌日に記事になっている。
執筆者の署名はないが、ドイツの通信社dpaの記事だ。日本に在住している記者が書いている可能性が高い。しかも日本の柔道やスポーツの体罰問題についてある程度精通している印象も受ける。また記事中にもあるように人権NGOが日本のスポーツを問題視しているのがわかる。
柔道は極東で生まれたエスニックな格闘技である。しかし、柔道創設者・嘉納治五郎(※)はじめ、先人が世界へ普及させた。そのため外国の柔道家は日本に対して憧れや敬意を持つ人も多い。
※嘉納治五郎(かのう・じごろう/1860-1938年)
教育者で柔道の創始者。東洋で初めての国際オリンピック委員会の委員となる。東京オリンピック(1940年)の招致に成功した。ただし戦争で開催を返上。柔道創始者というだけでなく、日本のスポーツの先駆者の1人であるとともに国際的にも活躍した人物。NHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺』(2019年)でも登場。役所広司さんが演じた。
ところが、その「発祥国」の現場は、他者に対する敬意を欠き、「センセイ」による暴力が少なからずある国であることが、次第に「バレてきている」と捉えるべきではないか。
競技における勝ち負けの追求そのものは全く問題はない。また近年、体罰という名の暴力を否定する指導者も増えている。
それにしても、スポーツは相互敬意に基づく文化である。また競技以外にも健康・教育・社交といった多くの機能もある。「人間の尊厳」を軸にしたスポーツ文化を熟考すべきだ。
これは「自他共栄」「精力善用」を手がかりにしてもよい。さもなければ、「日本?ただ、発祥国というだけ」という烙印が押されることになる。(了)
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執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリストで当サイトの主宰者。 著書に「ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか」など。
2020年には「ドイツのスポーツ都市 健康に暮らせるまちのつくり方」 (学芸出版 3月)、「ドイツの学校には なぜ『部活』がないのか 非体育会系スポーツが生み出す文化、コミュニティ、そして豊かな時間」(晃洋書房 11月)を出版。一時帰国では講演・講義、またドイツでも研修プログラム「インターローカルスクール」を主宰している。プロフィール詳細はこちら。