「相手任せ」になる日本の理由(最終回)

公開日 2020年10月9日

長電話対談
有山篤利(追手門学院大学教授)
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高松平藏(ドイツ在住ジャーナリスト)

オリンピック、勝利至上主義、コロナ危機での試合中止。日本にはスポーツにまつわる解決すべき問題や、取り組むべき課題がたくさんある。武道研究をベースにした体育科教育とスポーツ社会学が専門の有山篤利さんと対談を行った。「体育」「スポーツ」を軸に考えてみた。最終回は、スポーツはその国を映す鏡として話をすすめていく。(対談日2020年5月4日)

4回シリーズ 長電話対談 有山篤利×高松平藏
■オリンピックの代わりに何を考えるべきか?
第1回 五輪の価値とは何か?
第2回 コロナ危機、試合中止は問題か?
第3回 「托卵モデル」という日本の構造
→第4回 「相手任せ」になる日本の理由(最終回) 


スポーツには動機がない


高松:高校の教諭時代に部活で指導経験をお持ちです。部活に入ってきた生徒たちの動機は? 

有山:たまたま親がやってた、友達がやってた。誘われて試してみたらおもしろかった。スポーツとの最初の出会いはそんなものではないでしょうか。

高松:個人ベースの動機は些細なもの。 

有山:そう。むしろ「個人はスポーツにどう動機付けられていくのか」という問いが妥当です。

高松:なるほど。

有山:人間の大脳には合理化という働きがあり、行為のあとにその理由付けや意味付けをする傾向があります。それがあるから社会や政治と関連付けていくということが出てくる。

有山篤利 (ありやまあつとし)
追手門学院大学社会学部教授。京都府下の高校で保健体育教諭として13年勤務の後、大学の教壇へ。教諭時代は柔道部の監督としても活躍した。研究者としては、柔道を伝統的な運動文化として捉え、武道授業のあり方、生涯スポーツとしての柔道というテーマに取り組んでいる。1960年生まれ。



高松:確かに政治や社会という大きな枠組みでみてもそう。例えば戦時中のドイツを見ると、スポーツマンは規律と体力があるというので、理想の兵士と重ねられている。しかし戦後は異なる意味づけがなされていきました。


国や社会を映すスポーツ


有山:スポーツの構造じたいには何の意味もないし、そこに動機も発生するはずもない。しかし文化や社会の様々なものをかりてきて、私の「スポーツ活動」という意味が生じる。

高松:ドイツ独自の身体運動文化にトゥルネン(体操)があります。厳密にいえばこれは「スポーツ」ではないが、19世紀にフリードリッヒ・ヤーンが愛国心と関連付けて作った一種の「スポーツ活動」と理解できる。

有山:オリンピックもそうですね。イギリスには「スポーツ」がある。ドイツには「トゥルネン(体操)」。フランスにはなんにもない。そういう焦りが、ピエール・ド・クーベルタンのオリンピック提唱への動機付けつながったと聞いた。

高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリストで当サイトの主宰者。「地方都市の発展」がテーマ。著書に「ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか」など。
最新刊は「ドイツのスポーツ都市 健康に暮らせるまちのつくり方」 (2020年3月)。スポーツに対する関心はもともと薄かったが、都市を発展させているひとつに「スポーツクラブ」があることに着目。スポーツの社会的価値を展開している様子を見て、著書につながった。1969年生まれ。プロフィール詳細はこちら

高松:スポーツのあり方を見ると、その時代の国の政治や社会がよく見える。スポーツは「映し鏡」です。その観点から日本の勝利至上主義は、西洋に追いつけ追い越せという開発国の上昇志向という像と符合します。

有山:同感です。高度経済成長とは「もう一度世界に冠たる日本を復活させたい」、そういう国民的な気概のあらわれ。そのような社会では、勝つことがすべて。勝つことは正義。勝った人は「正しい人」となる。

高松:はい。

有山:その典型が柔道。なにしろ柔道は「ザ・ニッポン」。日本は敗戦国だが、柔道だけが世界一をとれた。強い=善だから、柔道のチャンピオンが団体の長となるのは当然。


世代交代 と 世代ギャップ


高松:オリンピックになると、かつて、金メダルのプレッシャーがかなり大きかった。最近の選手はどうですか?

有山:問題も多い日本だが、高度経済成長期を経てひとまず豊かになりました。また、柔道以外でも勝てる種目・選手が増えた。だから銀でも銅でも、「メダリスト」として堂々と帰ってくる柔道選手も多いし、今はそれをあたたかく迎え入れる雰囲気もあります。

「体操の父」フリードリッヒ・ヤーン(1778-1852)。ドイツのスポーツ文化に大きく影響を与えた。


高松:トップアスリートのメンタリティに関しては変わってきたということですね。一方で変わらないのが競技団体という制度。これが現在の日本の構造。 

有山:そういうことかもしれない。競技団体のトップの人がまだ経済成長期のオジサンたち。その価値観は勝つことに縛られたまま。目指すは世界一。もちろん。競技である以上世界一を目指すのは重要だが、それしか選手に示せるものがない。 

高松:なるほど。

有山:しかし、今の若い世代は、全体としてみるとそういう固定された価値観は薄れつつある。

高松:変化がおこっているんですね。

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