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有山:そうですね。単に競技で負けたということ以上に、日本はやはり世界に勝てなかったというショックもあったと思います。戦後のプロレスで、戦争では負けた外国の選手を空手チョップでばたばた倒した力道山に圧倒的な人気が集まりましたが、その強い日本のヒーロー・力道山が外国人選手に負けたのといっしょ。

高松:柔道でのメダルに対する重圧は大きいのでしょうか?

有山:はい。柔道の小川選手(銀 1992年バルセロナ五輪)が「マラソンの有森裕子さんは銀メダルで日本のヒロイン。僕は同じ銀メダルで国賊です。日本へ帰ってくるなと言われました」と嘆いていたのを聞いたことがある。

高松:そんなに違う。

有山:小川選手の嘆きは柔道のおかれた状況をよくあらわしています。柔道は、常に「ザ・日本」。柔道は負けてはいけない。勝利至上を宿命づけられているし、自ら演じてもいる。

高松:なるほど。

有山:それは行為として「勝つこと」=「正しい」という価値観を助長し、ひいては「勝った人」=「正しい人」という短絡的な人間観を導くこともある。柔道のパワハラや暴力的指導、その裏にある硬直化した組織運営は、このような「勝つことが正義」と言う土壌を基盤としている。


オリンピックの価値とはなにか


高松:オリンピックの歴史は最初に理念があって、ナショナリズムとか国の威信とかが加わってきて、1984年のロスアンゼルス五輪で経済装置になってしまったと理解しています。
1964年の東京オリンピックはまさに威信型。それで、2008年の北京オリンピックがその最後ではないかと。

関西空港(2001年4月 撮影 高松平藏)



有山:オリンピックはクーベルタンが提唱した民主主義を提唱するゲームとして始まり、その次にナショナリズムの高揚を担う社会ゲームとなり、そして商業主義によるマネーゲームとなった。

高松:そうですね。

有山:今回のオリンピックは、持続可能な社会など新しい価値を打ち出しているように装いながら、結局,マネーゲームに終始しているし、また、(したかどうかは別として)日本の復興を謳いあげる社会ゲームの側面もうかがえます。結局、オリンピックで何を目指しているのかなと最初から疑問でした。

高松:同感です。「復興五輪」というのは不思議な位置付け。国の威信型という時代錯誤なフレームを使っているように思えます。

有山:今、歴史的経緯を踏まえて、これからの「オリンピックとは何」、あるいは「オリンピックの意義は何」かが問われていると思います。なのに、その議論は盛り上がらず、結局は開催ありき。「コロナへの勝利」という、とってつけたような新たな価値も加えられようとしています。この東京オリンピックというのは、一体どこをめざしているのだろうか。

2013年9月9日、私(高松)は関空からパリ経由でドイツへ向かった。写真は搭乗時にもらった東京五輪開催決定を報じるスポーツ紙。ヘラルドトリビューン紙には何も載っていなかった。パリ空港で入手したドイツ紙では一応、一面に五輪決定の記事は載っていた。



高松:例えばオリンピック開催はギリシャに固定してもいいと思う。放映権などの経済効果もあるし、オリンピックを軸にした学術や産業、教育のクラスターを作れる。地政学的にもスポーツと平和のシンボルがギリシャにあると良いのでは。 

有山:なるほど。現代は、IT革命やBT(バイオテクノロジー)革命が劇的に進み、急速に動物としての身体の喪失が進行しています。アナログは時代遅れで、バーチャルが世の中を覆っている。そういう時代だからこそ、身体礼賛の文化を有していた古代ギリシャに思いをはせ、ヒューマニズムや人間の礼賛の視点を示すオリンピックにしてはどうだろうか。

高松:大切な視点です。

有山:現代の競技では、判定にしても人間に見えないところまで技術的に計測できます。だが、完璧なものを目指していても、人間は人間である以上神のような完全には至れないし、なってはならないと思うんです。

高松:そうですね。

有山:むしろ、その不完全さを認め、それでもなおかつ不可能な完全性に挑む過程にこそ、スポーツにおける人間礼賛の根源だと思う。心、感情、感覚・・・人には失ってはならぬ不完全なものがある。そこに、オリンピックが現代社会に発するメッセージがあるのではないでしょうか。(第2回に続きます

第2回は「コロナ危機、試合中止は問題か?
こんなときの武道家の発想とは・・・

4回シリーズ 長電話対談 有山篤利×高松平藏
■オリンピックの代わりに何を考えるべきか?
→第1回 五輪の価値とは何か?
第2回 コロナ危機、試合中止は問題か?
第3回 「托卵モデル」という日本の構造
第4回 「相手任せ」になる日本の理由(最終回) 

ドイツ・エアランゲンからネットを使って対談。あたかも「長電話」の如く、長尺対談記事の一覧はこちら