中村:それからビジョンというよりも、大きな問題点だと感じているのが、日本はスポーツの捉え方が「低い」ということ。たとえば高松さんの本(右写真)で紹介されていたBIGプロジェクトなんかはとてもおもしろかった。
高松: 「BIGプロジェクト 」の<BIG>は、 ドイツ語の 「健康のための運動の投資プロジェクト」を省略した名称なんですが、社会的弱者、具体的にはモスリムの女性向けの運動プログラムですね。大学の調査で、こういう女性たちの運動不足を明らかに。これを受けて、行政がプログラム化。そこへスポーツクラブのコーチなんかも入ってくる。
しかし、ムスリム女性は夫以外の男性と外出なんかはできない。だからオーガナイザーもトレーナーも全員女性。
中村: はい。学術から行政というプロセスもいいし、社会的な問題をスポーツはどうしていくかというお手本みたいなプログラムですね。
高松:エアランゲンにいらっしゃったとき、偶然にもBIGプロジェクトの朝食会に行かれることになりました。私はオーガナイザーの方には何度か取材しています。一度、「取材で朝食会に訪問したいのですが・・・」と問うと、「だめです」とピシャリ。 男子禁制でどうしても入れない。 (笑)
中村:ところが、私は女性なので朝食会に行けた(笑)。日本でもBIGプロジェクトのようなことができると良いですね。
高松:そうですね。日独を見ているとね、日本は色んな業界が乱立しているだけで、共通の枠組みになる思想とか概念のようなものが弱い。ドイツは一般的に誰でも理解できている「社会」がベースにあって、その上で各業界がある。「社会」とは自分たちで作っている自分たちのリアルな共通基盤という感じですね。 だから「スポーツは社会の一部であり、社会を動かすエンジンでもある」という感じのものになってくるわけです。
中村:はい。
高松:だから業界が異なっていても、社会的な問題について議論ができる。日本は「社会」という言葉じたいはあるんだけど、リアリティのある共通基盤としては十分に機能していない。
そのせいか、「われわれは同じところにいるんだ」という意味での共通基盤について話そうとすると、いきなり「地球市民」とか「我々は宇宙の一部」といったような、飛躍した表現が出てくる。否定はしませんが、リアルな共通基盤としての「社会」がないことの裏返しに見えるんです。
中村:日本でも「 スポーツは社会の一部であり、社会を動かすエンジンでもある」 という考え方があると、BIGプロジェクトのようなことができそうです。
高松:そうですね。地域社会に焦点をあてると、可能性はあると思います。たとえば地域社会全体の健康寿命を伸ばすという課題をたてる。それを達成するためには医療、行政、実際のトレ-ニングなどの人材やノウハウが必要です。「地域社会」を共通基盤と考えると、地域内の組織や業界にこだわらずベストチームを作る理由にはなるように思えいます。
中村:なるほど、そういうふうに考えると、日本でもスポーツの可能性が広がりそうです。(了)
対談を終えて
アスリートとしてはトップの経歴を持つ中村さん。本稿では詳しく触れていないが、立場の違う指導者になるには一定の時間が必要だったという。その過程で様々なことに関心を広げられ、よく勉強されている。
日本で初めてお目にかかったとき、「ぜひドイツまで行きます」とおっしゃっていたが、社交辞令かと思っていた。ところが本当にエアランゲンまでお越しになった。目をくりくりさせながら、色んなことを吸収しようとされていたのが印象的。ネットの対談ではモニター越しだったが、その時の雰囲気を思い出した。(高松 平藏)
対談 スポーツは社会の中で何ができるのか?
第1回「スポーツ」がとまった日
第2回 ドイツの森とスポーツクラブ
第3回 社会を動かすエンジン