エアランゲン市(人口10万人、バイエルン州)の市営ミュージアムで多文化共生をテーマにした展覧会が3月から行われている。多文化共生はドイツ社会でも大きな課題だが、『文化』という側面から取り組んでいる様子がうかがえる。
2014年5月8日 文・高松平藏(ドイツ在住ジャーナリスト)
5校の生徒たちとミュージアムのプロジェクト
同市のミュージアムで行われている展覧会は『私のインターカルチャー・エアランゲン』と題するもので、今年3月から今月16 日まで行われている。これは外国にルーツを持つ市民が以前から増えていることが背景になっている。
日本では多文化共生という概念で進められているが、ドイツにおいては社会的統合というかたちで継続的な課題として捉えられている。内容は同市内5校の小中高に相当する子供たちとミュージアムが3ヶ月以上かけて行なったプロジェクトの成果を展示している。各校の展示を見てみよう。
最初のブースで目に入ってくるのは、液晶モニター(写真下)。外国にルーツを持つ9人の子供が親や祖父母にドイツにやって来たことについてインタビューした映像が流されている。
そのまわりには装飾品や民族色の強い衣装、紙幣などが並ぶ(写真下)。これらは『もし何らかの理由で逃げなければならず、準備時間に3時間ある。そんな時何を持って行くか』という質問に対しての答えである。
2番目のブースに展示されているのが民族衣装など(写真下)。エアランゲン市内にはイタリアやベトナムなどの外国料理店が多数あるが、5人の学生が各国のレストランの外国人経営者に質問している。
『どこから、いつ、どうやってドイツに来たのか』
『なぜエアランゲンなのか』
『店の調子はどうか』
『ドイツの良い所は』
『故郷への思いは?』
というインタビューの結果をパネルに表示。旧東西ドイツ統一前にやってきたベトナム出身の経営者などは、『(旧東独と)国同士の取り決めがあったから(来ることができた)』という回答をよせており、歴史の一端を垣間見ることができる。
展示されている民族衣装は彼らの出身国のものだ。ややステレオタイプのものが多い印象もあるが、市内のレストランの経営者の回答に関連付けたものゆえに、現実味を帯びる。
3番目のブースには色とりどりの小さなプラスチックパネルがいくつもぶら下がっている。壁には鏡がとりつけられている。(写真下)
ここでは訪問者が自分の名前をパネルに書くことができる。多種多様な名前に色、そしてそれを眺める訪問者は鏡に映る自分の姿も見ることになる。空間全体が異文化交流のインスタレーション作品として成り立つ。
オープニングの際には市長(当時)のシーグフリード・バライス博士も楽しそうに自分の名前を書いていた(写真下)。筆者も漢字とアルファベット両方を書いた。(冒頭写真)
4番目のブースにはポップアート風の作品が並ぶ(写真下)。その作品には『幸福』『自由』『多様性』『リスペクト』『「フレンドリー』『寛容』『労働』『故郷』『不安』『心配』といった言葉が散りばめられている。移民、社会的統合といった言葉に対する、ネガティブ・ポジティブ両方のイメージを反映したもので、アートの専門家を招いて学生たちが作った。
最後はイスラム圏の居間を思わせるペルシャじゅうたんが敷かれた小部屋。ドイツの人たちにとって明らかに異文化空間だ(写真下)。
その中に子供たちが作ったアラビア語の文字のメモリーカードゲームがおかれている。また12種類のスパイスのサンプルがおかれ、その香りを嗅いでみることができる。
見えてくるミュージアムの役割
以上が会場の様子だ。決して大きな展覧会ではないが、ミュージアムが文化を通して都市の中で社会的課題を提示し、理解や議論を促すような役割を果たしている。もちろんプロジェクトに参加した子供たちにとっても教育的価値の高いプロジェクトだ。
3月のオープニングではミュージアムの一室で、様々な国の料理が並べられた『インターナショナルビュッフェ』が用意され、参加者たちは各国の料理に舌鼓を打ちながら歓談していた。
ちなみに同市の場合、約14%が外国人だ。社会的統合に関する議論は市内でも継続的に行われているが、ミュージアムのプロジェクトもそのひとつ。こういった取り組みを継続的に行うことで『都市の質』とでもいうものが向上していく可能性がある。『文化はケーキの上の生クリームではなく、生地の中の酵母である』(2003年、ヨハネス・ラウ大統領)という言葉を思い出させる。(了)
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執筆者:高松平藏(たかまつ へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリストで当サイトの主宰者。 著書に「ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか」など。
2020年には「ドイツのスポーツ都市 健康に暮らせるまちのつくり方」 (学芸出版 3月)、「ドイツの学校には なぜ『部活』がないのか 非体育会系スポーツが生み出す文化、コミュニティ、そして豊かな時間」(晃洋書房 11月)を出版。一時帰国では講演・講義、またドイツでも研修プログラム「インターローカルスクール」を主宰している。プロフィール詳細はこちら。